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社会保障適正化には「資産」要件の加味が必要だ

所得基準だけでは高齢者の経済状況は捉えられない

森信茂樹 東京財団政策研究所研究主幹

 児童手当や児童扶養手当など社会保障給付を受けるには、さまざまな「所得」要件が付されている。また、医療・介護・年金の社会保険料は、原則、「所得」に応じた負担となっている。

 しかし、周りを見回すと、65歳になったので就労はしていないが、これまでの勤労の成果や親からの相続などにより、多額の「資産」を持ち、豊かな生活をしている高齢者も相当数見かける。

 社会保障の肥大化を防止していくことが急務であるわが国にとって、「所得」だけを社会保障のさまざまな局面で基準とすることは、多くの無駄を生じさせている(必要以上の低負担になっているなど)のではないか。早急に、「資産」要件も加味していくべきではないか、そのための環境整備はどうすべきかなどについて論じてみたい。

「所得」に応じたきめ細かい要件

 高齢者の医療保険や介護保険料をみると、以下のように、「所得」に応じたきめ細かい要件が付されている。

 世田谷区の介護保険制度では、最も保険料の低い生活保護受給者や住民税非課税の者は34,830円で、そこから住民税合計所得金額が3,500万円以上の者の年間325,080円まで17段階に分かれる。

 医療費の自己負担に上限を設定する高額療養費制度の自己負担限度額も、住民税非課税世帯では34,500円だが、210万円、600万円、901万円という賦課基準額(所得から基礎控除を差し引いたもの)により最高352,600円+アルファの5段階となっている。

 図表は、夫婦高齢者世帯(65歳以上の夫婦のみの世帯)の収入階級別の貯蓄保有状況である(財政制度等審議会財政制度分科会 平成27年4月27日提出資料)。これを見ると、所得200万円未満で8.4%、200万円から300万円の世帯で12.9%の世帯が2000万円以上の金融資産を保有していることがわかる。その一方で、400万円から500万円の収入の世帯でも、300万円未満の金融資産の世帯が7%存在している。

 所得基準だけでは高齢者の経済状況が十分捉えられていないといえ、「所得」に加えて「資産」も加味して負担を考えていく必要があるのではないか。

図表:夫婦高齢者世帯の貯蓄保有状況

 筆者は、かつて一定の前提の下で、資産要件を加味すると、少なくとも約5000億円の増収効果が見込まれるという試算を公表したことがある。(日立コンサルティングレポート004「マイナンバーを活用した社会保障適正化の方向性」

 実は政府もその方向で検討していく予定で、3年前の2015年6月の「経済財政運営と改革の基本方針2015」(骨太2015)には、以下のように記述されていた。

(負担能力に応じた公平な負担、給付の適正化)
 社会保障制度の持続可能性を中長期的に高めるとともに、世代間・世代内での負担の公平を図り、負担能力に応じた負担を求める観点から、医療保険における高額療養費制度や後期高齢者の窓口負担の在り方について検討する・・・あわせて、医療保険、介護保険ともに、マイナンバーを活用すること等により、金融資産等の保有状況を考慮に入れた負担を求める仕組みについて、実施上の課題を整理しつつ、検討する。(太字、筆者)

「資産」要件の検討は大きく後退

 しかし、本年6月に公表された「経済財政運営と改革の基本方針2018」(骨太2018)には、「負担能力に応じた公平な負担、給付の適正化、自助と共助の役割分担の再構築」という項目の中、以下のような記述になっている。

 高齢化や現役世代の急減という人口構造の変動の中でも、国民皆保険を持続可能な制度としていく必要がある。・・・高齢者医療制度や介護制度において、所得のみならず資産の保有状況を適切に評価しつつ、「能力」に応じた負担を求めることを検討する。(太字、筆者)

 つまり、この3年間に「資産」を要件としていくという検討は、大きく後退したのである。その理由は、2015年には記述されていたが本年には落ちた「マイナンバーを活用」という点にある。

遅れる預貯金口座への付番

 マイナンバーは、2016年1月から稼働しているが、預貯金口座への付番(以下、預金付番)が始まったのは2018年からである。銀行に対する国税・地方税の税務調査や、

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