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トランプのNAFTA見直しで何が変わるのか

米国の雇用は拡大しない。日本の自動車メーカーに不利はない

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

マツダが米国向けなどの乗用車を生産するメキシコ工場=2014年2月、メキシコ・グアナファト州

 8月27日、NAFTA(北米自由貿易協定)について、カナダを除くアメリカとメキシコ間の協定見直し交渉が妥結した。カナダが協定の見直しに応じて3カ国のNAFTAになるのか、アメリカとメキシコだけの合意になるのか、今後の交渉次第である。

 カナダとしては、米・メキシコ合意と同様の内容を受け入れるとともに、政治的に重要な乳製品についてアクセス拡大を求められるため、交渉は容易ではないと報道されている。トランプ大統領は、カナダが合意しないなら、カナダを排除すると主張している。

NAFTAの脱自由貿易協定化

 米・メキシコ合意の内容を簡単に言うと、メキシコから自動車をアメリカに輸出する時、アメリカ産の部品をたくさん使わなければ、つまりほとんどアメリカ製と言って良いような自動車でなければ、関税なしで輸出させないというものだ。

 日本での報道によれば、関税なしとするための条件として、アメリカとメキシコ(カナダ)からの部品の調達比率を現行の62.5%から75%に引き上げ、新たに時給16ドル以上の労働で生産された部品を40~45%使用すること(メキシコの賃金は7ドル程度と低いので事実上アメリカからの部品調達の要求)を求めるという。

 この意図は、明らかだ。アメリカ産の比率を高めることで、アメリカでの雇用を高めようというものだ。

 しかし、これは自由貿易協定の趣旨とは明らかに逆行する。自由貿易協定とは、自国よりも他国で生産する方が安ければ、他国産のものを輸入できるようにしようというものだからである。

 メキシコで自動車を作った方が安いから輸入するというのが自由貿易協定なのに、アメリカがほとんどアメリカ産と言って良い自動車をメキシコから輸入すると言うのであれば、何のために自由貿易協定を結ぶのか意味不明だ。

 自由貿易協定とは、安く生産できる輸出国(メキシコ)の産業と、その製品を安く購入することができるようになる輸入国(アメリカ)の消費者が利益を受けるためのものなのに、これでは高いコストで生産するアメリカの産業の生産・雇用を拡大し、消費者に高い価格で購入させようとするものとなる。

 これはNAFTAの脱自由貿易協定化と言って良い。

メキシコに進出した日本企業への影響

 各紙の報道は、メキシコで製造しアメリカに関税なしで輸出してきた企業は、アメリカからの部品調達比率を大幅に高めるか、それが難しければ2.5%の関税を払ってアメリカに輸出しなければならなくなるというものだ。もし、カナダとアメリカが合意しなければ、カナダからアメリカへの輸出には一律2.5%の関税がかかることになる。

 現在の貿易は、2017年アメリカでの自動車総販売1758万台(うち日本車670万台)、このうちメキシコからアメリカへの輸出270万台(うち日本車69万台)、カナダからアメリカへの輸出189万台(うち日本車77万台)となっている(8月29日付日本経済新聞による)。

 メキシコに進出した日本の企業の方が、アメリカ企業よりもアメリカ産の部品の調達率は低いだろうから、今回の見直しで、より大きな影響を被ることになる。関税ゼロの恩恵を受けようとすれば、部品の仕入れ先をこれまで以上にアメリカ産に切り替える必要があるだろう。

 しかし、部品も含めてコストが安いからメキシコに進出したのであり、コストの高いアメリカ産を使うくらいなら、2.5%の関税を払った方がよいという判断もあるだろう。特に、自動車企業だけではなく部品製造企業もメキシコに進出していることから、部品の切り替えは簡単にいかないかもしれない。

「メキシコで生産」が「米国で生産」より有利に

 しかし、米・メキシコ合意報道を受けた時の私の評価は、各紙の分析とは異なるものだった。今回の見直し合意は、トランプの通商政策全体の中で検討する必要があるからだ。

 メキシコが協定見直しに応じたのは、トランプから自動車関税の25%への引き上げという脅しをかけられたからだ。トランプも脅した以上、いずれ全世界からの輸入に対して自動車関税を25%に引き上げるだろう。

 その場合、メキシコは今回の部品調達比率を達成している自動車は無税でアメリカに輸出できるが、それ以外は25%の関税を払わなければならなくなる。これほどの関税の差が生じると、日本企業もアメリカ産の部品の調達を高めるしかなくなる。

 しかし、話はここで終わらない。

 ここで、自動車関税の現行2.5%から25%への引き上げが自動車業界に与えるコストアップを整理しよう。

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