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米中貿易戦争で得する人、損する人

米中のどちらが傷つくのか。つぶさに分析してみよう

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

北京の米大使館付近で爆発があり、近くのビルからは白い煙が上がった=2018年7月26日、市民提供
 いよいよトランプ政権は中国からの全ての輸入に追加関税をかける。全面的な米中貿易戦争となる。どちらがより大きい打撃を受けるのか、多くの人が関心を持っている。これを両国の覇権争いだと見る人たちには、特にそうした見方が強いだろう。

 常識的には、GDPが大きいアメリカの経済が好調であり、他方で、中国はGDPに対する輸出の割合が多く(中国19%、アメリカ8%)、かつ、中国の対米輸出のほうがアメリカの対中輸出より多いことを考えると、中国がより大きな被害を受けそうに思われる。そのような解説記事も出されている。

 ここでは、正しく冷静な判断が行われることを期待して、米中貿易戦争をどう見たら良いのか、解説したい。

「追加関税」であって「輸入禁止」ではない

 今回の措置は、関税が上乗せされるだけで、輸入を禁止するものではない。

 かつて、日本は米、牛肉、乳製品などの農産物について、全く輸入を認めないとか、一定数量しか輸入しないという、輸入禁止または輸入制限措置を採ってきた。今回の措置は、アメリカが中国から輸入する場合、逆に中国がアメリカから輸入する場合、25%の関税が徴収されるというだけのことである。

 輸出国の品質に違いがない場合、価格面での競争になる。それぞれの国が相手国からの輸入品に25%の追加関税をかけた価格が、第三国からの追加関税なしの輸入品価格よりも低いというのであれば(価格上昇による輸入量の減少という効果はあるにしても)引き続き相手国から輸入される。

 数字を挙げて、少し具体的に説明しよう。現状では、アメリカが、おもちゃを中国だけから10ドルで100万個輸入していたとしよう。タイは12ドルなら10万個、ベトナムは13ドルなら40万個、インドネシアは14ドルなら50万個、それぞれアメリカに輸出できる(また価格が上昇しても輸出可能量は変わらない)とする。

 ここで25%の追加関税がかかると、中国からの輸入品の価格は12.5ドルに上昇する。中国産よりも安くなったタイは10万個輸出できるが、ベトナムやインドネシアは依然中国産よりも高いので輸出できない。12.5ドルへの輸入価格上昇で、輸入品に対する総需要量が100万個から90万個へ減少したとすると、アメリカはタイから10万個、中国から80万個輸入する。中国からの輸入は減少するがゼロにはならない。

 ただし、追加関税が50%なら、中国からの輸入品の価格は15ドルに上昇する。アメリカ国内のおもちゃ価格が14ドルに上昇し、輸入品に対する総需要量が70万個に減少するとしたら、タイは10万個、ベトナムは40万個、インドネシアは20万個、輸出することになる。中国の輸出量はゼロとなる。

 このように、追加関税をかけられる国の輸出がどれだけ減少するかは、個々の物品ごとに、追加関税と競合する輸出国の価格の状況、他の輸出国の生産や輸出の状況、追加関税による輸入国の需要量の減少によって左右されるので、一概には言えない。現に、中国がアメリカ産大豆に25%の追加関税をかけた結果、中国はブラジル等からの輸入を増やした。しかし、アメリカからの輸入は大幅に減少したものの、ゼロになったわけではない。

 日本の農産物には、従価税に換算して100%を超える高い関税がかかっている品目が少なくない。しかし、フランスのエシレというバターは200%超の関税を払ってまでも輸入されている(輸入価格100円のバターを消費者は300円超で購入する)。日本の消費者の一部にエシレバターに対する高い評価があるからだ。今回の場合でも、品質面で他国産と差別できる商品、その国でなければ生産できない商品などは、25%の追加関税がかけられたとしても、輸入されるだろう。

「戦争」というほど米中は傷つかない

 現在の貿易の6~7割は部品や中間財の貿易だと言われている。つまり、一国が部品から最終製品までを一貫して作って貿易し合うというかつての経済実態から、今では各国間で部品等が貿易され、ある国で最終製品に組み立てられて、貿易されるというものに変化している。

 かつて日本は加工貿易を行っていると言われた。原料を輸入して製品に仕上げ、輸出していた。これが現在では、原料だけでなく部品まで貿易されて、どこかの国で製品にされているのである。これを世界的なサプライチェーンが実現していると言っている。

 具体的に言うと、例えば、中国は日本、台湾、韓国、タイ、アメリカなどから部品を輸入し、中国産の部品と合わせて最終製品を作って、アメリカに輸出するという構造である。これまでフォードは中国で自動車を組み立て、アメリカに輸出していたが、25%の追加関税がかかるので、組み立てる場所を中国以外の国にすることを検討している。このとき、フォード車の価格が1万ドルだとしても、中国での組み立てによる付加価値が1,000ドルであれば、生産地移動による中国の打撃は1万ドルではなく1,000ドルに過ぎない。

 上の図で、中国とアメリカをつなぐ貿易ルートが追加関税で悪化した場合に、中国、アメリカや他の国で生産された部品を日本や東南アジアに集めて組み立て、アメリカまたは中国へ輸出することが可能である。もちろん、追加関税を払ってもなお中国(アメリカ)で生産・輸出する方がコスト的に安くすむのであれば、生産地の移動は起きない。中国(アメリカ)の被害はより軽微となる。

 このように、現在では、部品の貿易によって世界のサプライチェーンはより柔軟なものとなっているので、一つのルートに障害が起こったとしても、別のルートで供給されることが可能である。追加関税を課される国の生産も、その国の付加価値分の減少だけに被害は限定されるし、輸入価格が上昇したとしても消費者は別のルートから供給を受けられることになる。このように考えると、”戦争”と名付けるほど、米中が傷つけ合っている訳ではないことが分かる。

 米中の生産者や消費者がある程度の被害を受ける一方で、生産地が移動することとなる第三国は利益を受けることになる。日本のような第三国からすると、多少米中のGDPが減少して、両国への輸出が減少するというマイナスがあったとしても、プラスの生産地移動効果も存在する。

 また、既に日本企業がアメリカや中国の企業と競争関係にある場合、米中の企業の輸出条件が悪くなった分だけ、日本企業は輸出拡大という反射的な利益を受ける。中国がアメリカ産の自動車に対する関税を上げたので、アメリカで作られたBMWやベンツの対中輸出が減少し、日本からのレクサスの対中輸出が増加するという影響が出ている。

農業は例外的に大きな被害を受ける

 しかし、柔軟なサプライチェーンの例外も存在する。

 部品供給の供給停止というアメリカの制裁を受けた中国のZTEが音をあげたのは、アメリカ以外にその部品を供給する第三国がなかったからである。このように、他に供給国がなく、また短期的には生産地の移動が困難な場合、追加関税を払っても相手国から輸入するしかない。このときは、相手側を攻撃しようとして関税をかけた側の輸入国の消費者やその財を使用する企業が影響を受ける。自分で自分の足を鉄砲で撃っているようなものだ。

 より重要な例外は、国際間で生産要素の移動ができない場合である。その典型が農業だ。

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