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車両の原価低減に本気で挑むトヨタ

商品力アップを目指す新しい設計手法「TNGA」に力

片山修 経済ジャーナリスト、経営評論家

トヨタ自動車の2019年3月期第1四半期の決算説明会で、記者の質問に答える、吉田守孝・副社長(右)、白柳正義・専務役員=8月3日、東京都文京区
 「いいクルマにはなったが、価格も高くなったのではないかというご指摘もある」

 8月3日、東京都内で開かれた記者会見の席上、トヨタ副社長の吉田守孝氏は、そう語った。

 消費者が求める商品と価格の間には、かなりの乖離が生まれているというのだ。だとすれば、これは由々しき問題ではないか。

 なぜならば、車両価格の上昇は、一層、クルマ離れを引き起こす要因になりかねないからだ。それどころか、価格が上昇すれば、クルマの「所有」から「利用」への流れは、ますます加速されるだろう。それでなくても、カーシェアリングによる低廉な料金での利用は、年々増加している。

クルマの性能・機能の向上が価格アップを引き起こす

 では、車両価格はなぜ、かくも上がってきたのか。

 環境、安全など、クルマの性能や機能の向上が、車両の価格アップを引き起こしているのは間違いない。

 モデルチェンジの度に、性能アップが図られ、次々と新しい技術が追加搭載される。当然、それはコストアップを招き、販売価格の上昇に直結する。つまり、「価格」より「性能」優先の結果である。しかし、それは「社会の要請」だ。

 実際、クルマの先進安全技術は、いまや標準装備されつつある。というのは、高齢ドライバーによる事故は、75歳未満の運転者と比べて約2.1倍と高水準にあり、安全機能の搭載は、高齢ドライバーによる事故を防止する備えとして、必要不可欠になっている。その分、車両価格の上昇は避けられないわけだ。

 加えて、環境や安全規制の強化も、価格上昇の一因だ。環境対応車は、燃費の向上や排出ガス規制をクリアするため、エンジン燃焼に関わる細かな制御など、さまざまな技術が求められる。結果、多くのセンサーやコンピューターなど、各種の最先端技術の搭載は不可避で、価格は必然的に上昇する。

 近年はまた、クルマの電動化、自動化、コネクティッド化、知能化もコストアップの要因になっている。これらクルマのデジタル化およびスマート化は、膨大な研究開発費を伴うだけに、今後もコストアップをもたらすだろう。

 例えば、コネクティッドカーには、専用車載通信機のほか、車両の走行データや位置情報を取得するためのコネクティッドデバイスなどが搭載されている。確かに、クルマの商品価値はアップするものの、ジリジリと価格が上がるのは避けられない。

 ちなみに、新型「クラウン」と「カローラ スポーツ」は、インターネットに常時接続する機能が標準装備されている。しかし、だからといって、クルマのコストアップを放置できない。

生死を賭けた戦いが始まっている

 ましてや、自動車産業はいま、トヨタ自動車社長の豊田章男氏がいうように、「100年に一度の大変革期」にある。この大変革期を乗り切るには、熾烈な技術開発競争を勝ち抜かなければならない。しかも、ライバルときたら、自動車メーカーのみならず、グーグル、アップル、ウーバーなど、ITの巨人たちまで含まれる。

「ライバルも、競争ルールも変わってきた。まさに、〝未知の世界〟での生死を賭けた戦いが始まっている」
 と、2018年5月の決算発表記者会見の席上、豊田章男氏は危機感を隠さなかった。

 技術開発競争を制するには、巨額の〝軍資金〟すなわち研究開発費が必要だ。トヨタの研究開発費は、5年連続で年間1兆円を超えている。18年度は、1兆800億円だ。

 これに対して、ライバルの米アマゾンの研究開発費は2兆4000億円を超え、グーグルの親会社アルファベットの研究開発費は1兆8000億円だ。必ずしもすべてが自動車関連ではないにしても、彼らの資金力は、トヨタの比ではない。

 それに、トヨタといえども、経営資源には限りがある。いくらスマート化が「社会の要請」であるとしても、懐具合を無視しては進められない。甘いクルマづくりをしていたら、競争力の低下を招き、たちまち経営危機に陥る。章男氏の危機感の〝原点〟は、これに尽きる。以下は、前出の記者会見での豊田章男氏のコメントである。

「クルマを賢くつくる点では、まだまだ改善の余地があります。もっといいクルマにしたいという思いのあまり、性能や品質の競争力向上を優先し、コストやリードタイムは後回しということになっていないか。あるいは、適正販価‐適正利益=あるべき原価という基本原則を徹底的に突き詰める仕事ができているのか。
 すなわち、開発、生産、調達、営業、管理部門にいたるまで、トヨタのあらゆる職場で、お客さま目線のクルマづくりが実践できていないのではないか、という強い危機感を感じています」

 章男氏の胸の内を忖度すれば、こういうことになる――。トヨタは大企業の病理に侵されている。〝トヨタらしさ〟を忘れてしまってはいないか。この際、いま一度、「原点回帰」をして、すべてのムダを省き、コスト上昇にストップをかけなければ、「生死を賭けた戦い」は勝ち抜けない、と。

クルマづくりの切り札「TNGA」

 そこで、トヨタは、今年度から二つの取り組みを始めた。

 その一つが、もっといいクルマづくりの切り札として始めた、「TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)」の強化と進化である。

 TNGAは、クルマのサイズごとに車台を統一し、部品や設計を共用化して、クルマの基本性能や商品力を大幅に向上させたうえで、生産効率の向上やコスト削減を目指す、新しい設計手法だ。

 TNGAの開発プロセスは、まず、中長期の商品ラインナップを確定し、

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