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「企業統治が機能していなかった銀行界」

リーマン・ショックから10年 英でインタビュー 2

小林恭子 在英ジャーナリスト

 「リーマン・ショック」のちょうど1年前となる2007年9月、英国では住宅ローン専門の金融会社ノーザン・ロックで取り付け騒ぎが発生し、金融不安に火が付いた。翌年9月15日、リーマン・ブラザーズが経営破綻すると、英国の複数の大手銀行がイングランド銀行から資金援助を得なければやっていけない状態に陥り、世界の金融センター「シティ」は大きく揺れた。

 英フィナンシャル・タイムズ紙の金融ジャーナリストとして40年以上の経験を持つ、ジョン・プレンダー氏に、シティを襲った危機の背景をじっくりと聞いた。同氏は世界金融危機を最初に予測した数少ないジャーナリストの一人だ。金融業界、企業統治(コーポレートガバナンス)についての著作を多数上梓しており、最新作は『金融危機はまた起こる 歴史に学ぶ資本主義』(白水社、2016年)。

通貨政策が最大の要因

ジョン・プレンダー氏(筆者撮影)
――2007年から08年にかけて、なぜ次々と銀行が危機に陥ったのか。金融危機の原因とは?

 ジョン・プレンダー氏:今回の金融危機で驚くべきことは、いかに複数の異なる要因があったか、だ。中でも最も重要な要因は通貨政策だったと思う。

 米国は「非対称的な金融政策」をとっていた。つまり、米連邦準備制度理事会(FRB)は市場に問題が生じると、直ちに流動資金を投入した。ところが、市場がバブル状態になると、これを抑制するための方策を取らなかった。2007年に信用収縮が発生する前までは、米国の金融政策は非常に非対称であり、非常に緩かったと言ってよい。

 これに加えて、グローバルな不均衡の問題があった。アジア諸国、欧州北部、産油諸国では過剰貯蓄状態となっている一方で、米国、英国、ドイツそれにほかの欧州諸国では銀行家たちが過度にリスクを取るビジネスを行っていた。

 リスクを顧みないビジネス慣行が横行したのは、銀行のボーナス制度が背景にある。業績に応じて報奨金を払うという制度の上に、ストックオプション(自社株購入権)もついてくる。市場が上向きになっているとき、銀行家は得をするようになっている。利益も上がる。しかし、市場が下落した時、損をするのは投資家と納税者だけだった。ここにも金融体制の非対称性がある。

 同時に非常にその仕組みが複雑な金融派生商品(デリバティブ)の取引市場が大きく成長していた。その中身は不透明で、理解が困難だ。金利や為替相場等の変化によってその価値が大きく変動するという特徴がある。

――現在のような金融市場の変化はいつ頃から始まったのか。

 1970年代後半から80年代初期だったと思う。その前は、市場は中央銀行か政府によって安定化されていた。為替は、1944年のブレトンウッズ合意に基づいた固定相場制度(金との交換が保証された米ドルを基軸として、各国の通貨の価値を決めた)の下で基本的に管理されてきた(1971年、金とドルの交換は停止)。

 その後は民営化、規制緩和が進み、通貨の移動が無規制になったことで、銀行は市場安定化のための道を探らなければならなくなった。そこで出てきたのがスワップ取引(外国為替取引で直物為替の売りあるいは買いと、先物為替の買いあるいは売りを同時に同額で行う)やオプション(ある対象物を、将来の特定時点に特定の価格で買うまたは売る権利)取引などを開発することだった。通貨の動きを安定させる作業を実質的に民間企業がやっている。

 こうした金融商品は複雑でその中身が不透明であることが多い。店頭取引市場も巨大化しており、これも何が起きているのかを追跡するのは楽ではない。

 市場はこのように複雑化しており、規制監督当局が金融体制の中にどれほどのリスク要因があるかを判断することは困難になってきた。そこで、国際的な大手の銀行に監督をゆだねることになった。規制当局はリスク管理を民営化した、と言える。英国でも、米国でもそうだ。

絶対視された格付け会社の判定

英フィナンシャル・タイムズ紙のオフィス外観(筆者撮影)
―― 銀行の規制・監督と言えば、バーゼル銀行監督委員会(G10の中央銀行総裁会議で設立された銀行監督当局の委員会)がある。委員会は、国際的に活動をする銀行の自己資本比率や流動性比率などに関する統一基準「バーゼル合意」を定めている。

 バーゼル合意によれば、規制当局は銀行に対し実質的にこう言っている。「自分たちでリスク管理の体制を作りなさい。私たちはあなたたちに頼っていますよ」、と。

 私は、バーゼル合意は基本的に欠点があると思っている。リスク査定の基準が適切ではないことがしばしばある。例えば、政府の債務にはリスクがないとされている。果たして、そうだろうか。

 金融危機発生の最後の要因として、格付け会社の役割を挙げたい。

 例えば、金融派生商品の中には非常にリスクが高いものがあるが、格付け会社は過度に高い評価を与えた。サブプライム・ローンについて、最高ランクである「トリプルA」の評価を下した場合もあった。

 格付け会社と銀行には利害関係があった。格付け会社は金融派生商品を扱う投資銀行から報酬をもらう。銀行は格付け会社に報酬を払うことによって、より良い格付けをしてもらうことを望んだ。

――格付け会社の判断が広く信用された?

 金科玉条と見なされて、信用された。

――金融危機発生の直接のきっかけは、低所得者層を対象に提供されたサブプライム・ローンの焦げ付きだった。サブプライム・ローンの販売を支えたのが、住宅価格の上昇だ。改めて、なぜ住宅価格は上がり続けたのかを聞きたい。

 金融緩和政策が原因だ。これによって市場に大量のお金が流通した。銀行にとって余剰資金を処理するために最も簡単な方法は、不動産に貸し出すことだ。ビジネス用の不動産でも個人の不動産でもいい。例えば建設業に投資するよりもはるかに楽だ。建設業への投資の場合にはかなりの事前調査が必要になるが、不動産の場合は査定者に見てもらい、その査定に応じて不動産価格の3分の2あるいは90%を貸せばいい。

 こうして不動産への貸し付けが増えたが、市場に過剰のお金が出回り、不動産価格が上昇していくとバブルにつながるので危険でもあった。米国で住宅市場がバブルになりつつあるという話が出ていたが、まさか米国内ですべての住宅価格が落ちることはないだろうと思っていたところ、そうなってしまった。バブルは破裂してしまった。

――バブルの破裂はいつごろか。

 米国では2007年だ。銀行がサブプライム・ローンの貸し付けによって損失を計上し出したのが、2007年の年頭だ。この年の6月、米投資銀行ベア・スターンズが窮地に陥った。理由は不動産ローン関係の金融派生商品の焦げ付きだ。

 この時分、銀行は互いを信用できなくなった。ほかの銀行がどれほどサブプライム・ローンを扱っているかが分からないからだ。サブプライム・ローン市場は透明性がほとんどなく、不動産関連のローンは非常に複雑だった。互いへの貸し付けを停止してしまい、市場が動かなくなってしまった。

 2007年7月から、大規模な信用縮小(クレディット・クランチ)となった。翌年もそのような状態が続き、9月のリーマン・ブラザーズの破綻で、この世も終わりのような状況となった。

――英国の金融規制当局は、「ライトタッチ」つまり、緩い規制を行っていたといわれている。当時の政府もロンドンに国際企業を呼び寄せるため、あえてこの姿勢を支援していたのだ、と。

 金融危機が発生した理由として、規制が不十分だったという点は当たっている。

 英国で言えば、確かに、政府や金融当局がロンドンを国際的な金融センターとして振興することで、人を惹きつけ、金融界からの税収入を増やせると考えた。

 また、危機が発生した時、英中央銀行(イングランド銀行、BOE)は行動を起こすのが早くなかった。金融体制を安定化するために素早く行動を起こす必要があったのだが。それは、当時のキングBOE総裁が中央銀行の役割は通貨政策を実行し、インフレ目標を達成することだと考えていたからだ。中央銀行の伝統的な役割である、金融体制の安定化についてほとんど関心を持っていなかった。

――キング総裁は、なぜもっと早く行動を起こさなかったのかと聞かれて、「モラルハザードを起こしたくなかったから」と答えている(注:モラル・ハザードとは、「倫理の崩壊」などと訳され、中央銀行が安易に支援を提供することで金融機関側の規律が失われることを指す)。

 総裁はモラルハザードを発生させてはいけないという考えに取りつかれていた。モラルハザードが起きないようにと考えるべき時は、中央銀行が動かなくても市場が大丈夫な時だ。金融危機の渦中に考えるべきことではない。金融不安を増大させてしまう。

危機を早期に察知できた理由

――今回の金融危機を早期に予想したジャーナリストの一人と言われているが、なぜそう思ったのか。

 2003年に出版した『レイルから外れる』(Going Off the Rail、未訳)の中で、危機が発生しうる理由を書いた。つまり、グリーンスパンFRB議長の非対称的な通貨政策が資本主義の免疫性を崩してしまうだろうこと、金融商品が複雑化したことで、中央銀行が民間の銀行に金融体制の根幹となるリスク管理を任せてしまっていること、金融機関のリスク管理に落ち度があること、流動性が生じることによるリスクを回避する方策がないこと、バーゼル合意は金融体制の浮き沈みをさらに悪化させることなどを指摘した。

 2007年の7月から8月頃、世界的な信用収縮がいよいよ顕在化した時、

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