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サウジマネーの運用代理人となった孫正義

金主と信じた皇太子が記者殺害への関与を疑われることまでは予期できなかった

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

 サウジアラビア人の記者がトルコのサウジ総領事館で殺された後、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が何を語るのか、世界中が注目してきた。ずっと沈黙を守ってきた孫氏は、久しぶりに姿を見せた11月5日の中間決算会見の冒頭、「あってはならない大変悲惨な事件です」と実に神妙だった。しかし、それは彼の独演会のような1時間半の会見の、ほんの一瞬のことだった。

サウジアラビアのサルマン国王(中央左)との会談を終えた孫正義氏=2017年3月14日、東京都千代田区

渦中のサウジへ、皇太子とも面談

 人命や人権、言論の自由か、それともビジネス、カネか――。

 孫氏が突きつけられていたのはそこだった。だからこそ会見が始まるやいなや、「決算説明のプレゼンに入る前に私からお伝えしたいことがあります」と切り出し、自らサウジのカショギ記者の殺害事件に言及したのである。

「今回の事件は決してあってはならない大変悲惨な事件です。カショギ氏個人の大切な人生に加えてジャーナリズム、言論の自由に対する大変な問題を提起するものでありました。強い遺憾の意を表します」

 サウジで10月に開かれた国際経済会議「未来投資イニシアチブ」は、カショギ氏殺害事件を機に出席を取りやめる経済人が相次いだが、孫氏はイベントには参加しなかったものの、「サウジには行きました」と明かした。

 孫氏によると、渦中のサウジに敢えて足を運んだのは、「高官にお会いして私たちの懸念をしっかりお伝えするという目的もあったから」という。面談した高官には、カショギ氏殺害への関与が疑われるムハンマド皇太子も含まれた。

 孫氏は、皇太子が「(事件を)非常に真摯に受け止め」ており、「起こってはならない事件が起きたという感じ」と打ち明けた。「ぜひ一日も早く真相が究明され、責任のある説明が行われることを願っています」と孫氏。その意向は皇太子にも伝えたという。

サウジは最大のスポンサー

 カショギ氏が残虐な方法で殺害されたらしいにもかかわらず、その直後に多忙な孫氏がわざわざサウジを訪問し、ムハンマド皇太子ら高官と会ったのは、孫氏にとってサウジが最大のスポンサーであり、皇太子が資金運用部門のリーダーだからである。

サウジアラビアでの太陽光発電事業について覚書を交わした孫正義氏(左)とサウジのムハンマド皇太子=2018年3月27日、ニューヨーク

 ソフトバンクグループは2017年、サウジの潤沢な資金を元手にした投資ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」(SVF)を設立している。総額10兆円という巨大ファンドに、同社自身、最大3.1兆円を出資するが、それを上回る資金を投じるのが、サウジのパブリック・インベストメント・ファンド(PIF)の最大4.7兆円だった。このほか、アップル、シャープ、鴻海、クアルコムなど孫氏と親密な関係を築いてきたIT・ハイテクの大企業も出資しているが、圧倒的に最大の金主はサウジだったのである。

 ソフトバンクがSVF構想を発表し、サウジ側と覚書を締結した2016年、ムハンマド皇太子(当時は副皇太子)は「テクノロジー業界での人脈を持ち、高い投資実績のあるソフトバンクグループと覚書を交わしたことをうれしく思います」とコメントした。

 アップルの故スティーブ・ジョブズ氏を始め、鴻海の郭台銘(テリー・ゴウ)、アリババグループのジャック・マー、さらにトランプ大統領に近いとされるカジノ王のシェルドン・アデルソンの各氏やロシアのプーチン大統領に至るまで、孫氏の人脈は幅広い。20年以上もシリコンバレーを中心とした先端企業に投資してきただけにIT・ハイテク界での顔は広い。5~6年で交代する日本の電機業界の首脳クラスでは、とてもじゃないが歯が立たない。

 サウジはそんな孫氏の人脈と目利き力に期待したのであろう。ヤフーやアリババへの投資の成功やボーダフォンの経営再建など、彼の目利き力、経営力は随一である。一声かければ世界から10兆円が集まるわけである。

営業利益の44%を締める投資ファンド「SVF」

 かくして組成されたSVFは、ソフトバンクグループの子会社が責任者(ジェネラル・パートナー=GP)として運営しているため、同社の連結対象となっている。2018年3月期の営業利益1兆3038億円のうち、SVF由来のものは3030億円になり、実に23%を占めた。その多くは、投資先のAI企業やIT企業の株価を評価した未実現の「値上がり益」である。

 これが11月5日発表した19年3月期の9月中間決算(4~9月までの半年間)では、営業利益1兆4207億円のうち、44%を占める6324億円がSFV関連のものとなった。この中には、ウォルマートに売却することになったインドの電子商取引大手、フリップカートの持ち分の売却益1400億円余も含まれているので、未実現利益だけでなく、早くもファンドの実現益も含まれるようになった。

 ソフトバンクの営業利益は前期で23%、今期はこの9月までの半年の間だけでも44%もSVFに依存している。利益面だけでみると本業のソフトバンクの国内通信事業からの収益(4469億円)よりも、SVFの方が2千億円も多いのだ。

 いまの孫氏は、もはや通信会社のトップというよりサウジマネーの運用代理人とさえ言える。

 だから英ヴァージングループの創業者で投資家のリチャード・ブランソン氏が、カショギ氏殺害事件後、サウジ側からの投資の申し出に関する交渉を一時、中断したと報じられたのに対して、孫氏はそこまでは踏み込めなかった。

「私どもはサウジの国民の皆様から投資にかかわる資金を預かっています。これはサウジ国民に大切な経済の多様化、オイルだけに頼ることのないような社会にするという責務を担った資金です。今回の事件が起きる前にサウジのお金を預かり、運用をし、投資をしている。その責務を急に投げ出すわけにはいかない。その責務をしっかり果たしていかないといけない」

 それと、これとは別、という考え方である。

次に到来する出来事を「見極めるのが得意」なはずの孫氏だが…

 孫氏はすでに米シリコンバレーや中国、インドの巨大市場などお金が稼げそうなところに深くコミットしている。それにサウジのオイルマネーが加わった。テリー・ゴウ、ジャック・マー各氏らと同様、お金持ちがますますお金持ちになっていくという「勝ち組経済圏」の住人と言える。

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