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消費大国・中国 アリババ巨大セールに群がる人々

たった1日で3.5兆円を売り上げる上海の大安売りイベントを見た

原真人 朝日新聞 編集委員

 

11月11日「独身の日」のスタートを前に、イベントに出席したアリババ集団の幹部たち。最前列中央には、来年引退するジャック・マー会長の姿も。最近はこういう会場に姿を見せるのは珍しいという。みずから出演している新しいCMのお披露目があったためか。会見や公式の挨拶はなかったが、スタッフに厳しく指示を飛ばしていた

消費大国となった中国

 最近の米トランプ政権の動きを見ていると、米中「貿易」戦争というより、米中「経済覇権」戦争の火ぶたが切って落とされた、と言ったほうがいいかもしれない。米国は本気で中国経済の台頭、中国の先端技術開発の勢いを脅威と感じ始めたようだ。

 米国による対中措置は、西側同盟国に発した関税措置とは意図が異なるようだ。対中政策はトランプ大統領が選挙対策むけに打ち出したポピュリズムによるものと意味が異なる。10月上旬におこなわれたペンス副大統領の講演でも、はっきり中国脅威論を前面に押し出し敵対路線を強めた。この姿勢は米国政府の強い危機感、強い決意を示したものと考えるべきだろう。

 焦点となるのは、米国の対中封じ込めによって中国の急成長の腰が折られてしまうのかどうか、という点だ。

 中国経済の実力を確かめたくて、11月上中旬に中国の主要都市を駆け足で回った。

 改めて確認したのは中国消費の強さである。私は10年前、中国に行って世界に冠たる投資王国に躍り出た中国を取材した。そしてこの10年、中国社会は著しく豊かになった。その結果、こんどは消費者が覚醒した。中国の消費大国化である。そう言ってもおかしくないほどの変化を今回の短い取材でも感じた。

たった1日で売り上げ3.5兆円!

 11月11日、上海でインターネット通販大手アリババ集団が開いた大規模安売りセールのイベントを見た。

 中国では毎年この日を「独身の日」としている。数字の1(シングル)が並ぶ日というところからきているらしいが、アリババは10年前、「独身のさびしさをまぎらわすのに買い物でもどうぞ」と、この日に24時間の超安売り通販セールをインターネット上で始めた。

 今年10回目を数えるこのイベントは、いまや独身者に限らず、中国を代表する国民的行事となった。

 前夜には国民を盛り上げるカウントダウンイベントがおこなわれる。その規模がすごい。国内の有名歌手や人気芸能人だけでなく、海外からも歌手のマライア・キャリーや、サーカスのシルク・ドゥ・ソレイユなどを招き、テレビやネットでライブ中継する。さながら中国版の紅白歌合戦のようである。

 ちなみに、日本からステージに呼ばれたのはタレントの渡辺直美。840万人のフォロワーを抱える、日本のインスタグラムの女王だ。

11月11日24時に「独身の日」セールが終わると、取扱総額が発表された。たった1日で2135億元を超えた。写真を撮っているのは世界中、中国各地から集まったメディアの記者たち

 夜通し盛り上がったまま深夜0時を迎え、セールが始まる。開始後すぐに、国内外の報道陣が集まったメディアセンターの巨大スクリーンには、注文状況が逐一報告される。前年実績をはるかに上回るスピードで、みるみる取引規模が膨らんでいくのがわかる。

 結局、24時間のセールの取扱高は過去最高の2135億元。前年より26%増えた。日本円に換算すると3.5兆円という巨額である。これは、電子商取引の日本の大手、楽天の昨年1年間の国内総取扱高3.4兆円を上回る規模だ。それをたった1日であげてしまった。

海外230の国・地域から1万8千ブランドが参加

 セールに出品するのは中国国内の業者だけではない。ネット上で取引された18万ブランドのうち、1割の1万8000ブランドは海外230の国・地域からの参加だった。

 人気上位品目にはオーストラリアのサプリメントやドイツの粉ミルクなど健康や美に関連する商品が並ぶ。「安全」「安心」が中国の消費者の人気を集める要因なのだろう。日本ではユニ・チャーム(ムーニー)や花王(メリーズ)の紙おむつなどが上位の常連だ。アパレル分野では男性ファッション、女性ファッションともに、今年もトップは「ユニクロ」だった。

 主な分野別ランキングは下記の通り。

【中国への輸出国ランキング】
① 日本 ②米国 ③韓国 ④豪州 ⑤ドイツ ⑥英国 ⑦フランス ⑧スペイン ⑨ニュージーランド ⑩イタリア
【中国の輸入品目ランキング】
① 保険食品 ②粉ミルク ③フェイスマスク ④紙おむつ ⑤エッセンス ⑥ベビー用食品 ⑦乳液 ⑧洗顔料 ⑨メイク落とし ⑩化粧水
【中国の輸入ブランドランキング】
① Swisse(豪・健康食品) ②ムーニー(日・紙おむつ) ③花王(日・紙おむつなど) ④Aptamil(独・粉ミルク) ⑤Bio Island(豪・健康食品)
【取扱高の都市ランキング】
① 上海 ②北京 ③杭州 ④広州 ⑤深圳 ⑥成都 ⑦重慶 ⑧武漢 ⑨蘇州 ⑩南京

 スマホさえあれば、世界中からあらゆる品が手に入る。アリババはそれだけに満足せず、いまリアル店舗とネットとの融合にも力を入れている。百貨店やスーパー、ショッピングモールなどの実店舗を相次いで傘下に置き、オンライン通販と店舗販売を結びつける取り組みをしている。昨年の独身の日イベントでダニエル・チャンCEOが打ち出した「ニューリテール戦略」だ。

アリババが開発しているホテル用の配達ロボット。注文の品を部屋まで届ける。近く実用化するという

アリババ創業者を受け継ぐチャンCEO

 アリババは創業者のジャック・マー会長が来年の引退を表明しており、跡を継いで会長になるのがチャンCEOである。

 チャンCEOは10年前、この独身の日イベントを企画したアイデアマンでもある。見事その試みは成功し、アリババが世界的な企業に飛躍するきっかけとなった。

 そのチャンCEOが新戦略についてこう話す。「オンラインとオフラインの協業、データと人工知能がもたらす消費者が利用しやすい消費が、新しい時代に浸透していくだろう」

アリババのダニエル・チャンCEO、11月11日の記者会見で。「独身の日」セールの企画立案の立役者だ。来年、創業者ジャック・マー会長の跡を継ぐ

 実際に、上海市内にある傘下のショッピングモール「大潤発」(英語名はRTマート)を独身の日に訪ねてみた。午前中からたくさんの買い物客が足を運んでいた。売り場のあちらこちらに、画面操作をすれば商品説明をしてくれる端末も整備されている。スマホによる決済、商品のバーコードを読み取るだけでスマホ画面で商品説明が読める電子サービスなど、新しいITが至る所で実際に採用されていた。

 どの売り場も整然と商品が陳列されている。野菜や魚の並べ方は、むしろ日本のスーパーよりきれいで、欧州の市場の陳列を参考にしている印象だ。購買意欲をくすぐるあらゆる方法が試され、工夫されていると感じた。

 店頭商品の価格を円換算してみた。加工食品や飲料などがほぼ日本並みだろうか。肉や魚は全体的にやや安かった。もちろん高級肉、高級魚の品揃えもある。魚やエビ、カニが泳いでいる「いけす」があるほど新鮮さにもこだわる。ここで生きた魚介を買えば、隣のレストランで一流のシェフに料理してもらって、その場で味わうこともできるという。

上海市内のショッピングモールにある生鮮品売り場。品質も価格も日本のスーパーと遜色ない。価格は日本並みか、ちょっと安いくらい

アリババと連携したスターバックス

アリババが宅配するスターバックス・コーヒー。上海のメディアセンターに注文したら30分以内に届いた
 アリババがスターバックスと提携して中国で始めたコーヒー宅配もニューリテール戦略の一つだろう。コーヒーは単価が安いから、手間がかかる配達は割に合わない、というのがこれまでの常識的な見方だ。しかし支払いはスマホですませ、配達先の地図がGPSで特定され、電話もそのまま簡単につながるとなれば、配送もずいぶんやりやすくなる。バイク便なら渋滞が多い都市部の道路でも、ほぼ予定時間内に届けられる。

 中国は現在のところ、1人当たりコーヒー消費量がまだ少ないというが、いずれ1人当たり年間360杯飲む米国並みに総消費量が増え、世界有数のコーヒー大国になるだろうと見込んでいる。中国のコーヒー消費量の伸びは世界平均を上回っているという。

 これを裏付けるように、スターバックスは中国での店舗数を2013年の1000店強から、今年は3300まで3倍に増やしてきた。これを利用したアリババの電子商取引では、この1年間に1800万人の中国人消費者が25億元(約450億円)のコーヒーを購入したという。

 独身の日イベントの最中、試しにメディアセンターにコーヒーを注文したところ、公約通り、ちゃんと注文から30分以内に商品が届いた。熱々のホットコーヒーである。

 バイク便は、RTマートの商品配送にも利用されている。「1時間以内」をセールスポイントにかなり普及しているそうだ。

 こうしたネット通販ビジネスが普及していくには、しっかりした物流網が必要だ。

 アリババなどの業者はその整備も急速に進めてきた。そのおかげで消費者は、肉でも野菜でも牛乳でも、スマホの注文で1時間以内に取り寄せることができるようになった。この便利さの飛躍的な向上は、人々の消費意欲をかきたてるのに大いに貢献していると思われる。

アリババのライバルのロボットレストラン

 こうした新しい消費システムの開発にしのぎを削っているのはアリババばかりでない。アリババにとってネット通販のライバルである京東集団(JDドットコム)が天津に開店させたロボットレストランを見に行った。

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