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「老後は持ち家」は今や昔。年金より住宅を!

年金の半分が住居費に消えていく。持ち家前提の住宅政策の転換なしに老後の安心はない

山口智久 朝日新聞オピニオン編集長代理

都営戸山団地=2011年2月21日、東京都新宿区

安心できる老後って?

 2019年度の年金支給額が実質的に抑制されることを、厚生労働省が1月18日に発表した。

 世の中の景気はよく、賃金も上がって年金保険料収入は増えているのに、なぜ?と思われるかもしれない。理由は、少子高齢化だ。

 年金保険料を払う働き手よりも、年金給付を受け取る高齢者が圧倒的に多く、その傾向はこれからますます顕著になっていく。十分な収入が見込めないなら、支出を抑えるしかないと、2004年の小泉政権時代に年金の大改革が実施された。

 その時に導入した支出を抑える仕組みが、4年ぶりに発動されるのだ。

 狙ったわけではないが、このニュースを伝える19日付朝日新聞朝刊のオピニオン面に「ニッポンの宿題 安心できる老後って?」を載せた。年金はもはや頼りない存在であり、高齢者の生活を支えるにはもっと住宅政策を議論する必要がある、ということを二人の研究者に解説してもらった。

 高齢期の生活保障を考えるときに議論の中心になりがちなのは、年金である。ところが現場を取材していると、住宅政策こそ議論すべきではないかという思いになる。

年金の半分が住居費に消えていく

 以前、私は東京都内で年金暮らしの女性を取材したことがある。受け取る厚生年金は月8万6458円。そこから公団住宅の家賃4万1300円のほか介護保険料などを差し引くと、残る生活費は月約3万9千円。生活保護の水準以下である。家賃が1万円台の都営住宅に申し込んではいるが、抽選に当たらない。

 すでに他界した夫は映画制作者だった。定収がなく、国民年金の保険料を払えないときもあった。女性は数年間、会社勤めをしたことがあったので厚生年金からの支給はある。家を買う余裕などなかった。

 当時、政権奪取をうかがっていた民主党は年金改革を訴えており、それを検証するための取材だったので、書いた記事も年金についてだった。

 ところが、年金制度を変えても、この女性の年金額が劇的に上がるとは思えない。それよりも、受け取る年金の半分が住居費に消えていくのをまず何とかすべきなのではないか、と思った。

 その後、私は環境担当に配置換えになったので、後任記者たちには「住宅こそが大事だ」と訴えた。それから高齢者福祉の観点から住宅問題を地道に取材する記者たちも現れ、今回のオピニオン面企画を一緒に考えたほか、「この部屋で」などの連載が載るようになった。

「持ち家で住宅ローンを抱えれば保守化する」

 いまの年金制度では、老後は「持ち家」に住むことがほぼ前提となっている。

 2019年度の年金支給額は、国民年金で満額を受け取る人(1人分)は月6万5008円。厚生年金では、平均的な収入で40年間働いたサラリーマンと専業主婦のモデル世帯(2人分)は月22万1504円で、単身者はざっとこの半分である。ここから家賃を支出するとなると、特に単身者にとっては苦しい。

 総務省の調査によれば、いまは高齢者世帯の8割は持ち家で暮らしている。ところが、単身の高齢者に限ってみると、持ち家の比率は約66%に落ちる。その単身高齢者が今後、ますます増える傾向にある。

 では、なぜ高齢者の住宅問題が議論にならないのか。

 一つは、これまで政府が国民に持ち家を奨励してきたからである。かつて田中角栄が「公営集団住宅などに借家住まいさせたら、住人は共産化する。持ち家で住宅ローンを抱えれば、保守化するものだ」と語ったという話もある。

 いまも住宅金融支援機構による低利融資や住宅ローン減税などの政策を続けている。一方で、欧米にあるような家賃を補助する住宅手当制度は未整備だと、祐成保志・東大准教授は指摘する。

「家族観」も要因

 家族観の問題もあるのではないか。

 自民党が2012年に公表した憲法改正草案の第24条には「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という「基本原則」が盛り込まれた。この考え方でいけば、持ち家がない高齢者は、子どもや親類を頼るのが当然だろう、ということになる。

 2016年度の税制改正では、3世代が同居するために住宅をリフォームする場合は減税対象にした。しかし、現実は3世代同居が減り、単身または夫婦のみの高齢者が増え続けている。生活保護に頼らざるを得ない高齢者も増えている。

 祐成保志・東大准教授が指摘するように、年金や介護保険は、家族が私的に提供していた仕送りや介護を社会制度化したものだ。諸外国がすでにやっているように、住宅の社会化も可能である。「家族は支え合うべきだ」という理想を抱くのは結構だが、現実に対応するのも政治であろう。

 政治やメディアの縦割り構造にも問題がある。

 国会で高齢者の福祉政策を主に議論するのは厚生労働委員会で、住宅政策は国土交通委員会である。メディアも省庁別に取材するので、ほかの省にかかわる問題はなかなか取材しない。国会に、厚労委員会と国交委員会の常設の連合審査会を設けてはどうか。

 実は、官僚機構がすでに連携を進めている。厚労省老健局と国交省の住宅局や都市局が、以前から人事交流をしている。2016年には厚労省と国交省による「福祉・住宅行政の連携強化のための連絡協議会」が設けられた。

「100年安心」の足かせ

 年金について、政府はもっと正直に呼びかけた方がいい。「老後の生活は、年金だけでは頼りないですよ。持ち家を買って、貯金するなり、家族で支え合うなりして、まずは自助努力をしてくださいね」と。その上で、セーフティーネットを設けて、「さまざまな事情で老後の備えが十分にできなかった方々にも、最低限の生活は保証します」というのが責任ある政府の姿であろう。

 ところが、こうはっきりと言えない事情が政府にはある。2004年の年金改革で「100年安心」と謳ってしまったからだ。

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