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自営業大国・韓国 最低賃金引き上げへの苦しみ

「4人に1人が社長」の国。文在寅政権の経済政策に反発強く

稲田清英 朝日新聞オピニオン編集部次長

qingqing/shutterstock.com

4人に1人が社長

 何不自由ない財閥オーナー一族などの富裕層と、裕福ではないながらもたくましく生きる庶民層の両者が織りなす葛藤や愛憎、対立や和解、といった人間模様は、韓国ドラマでよくみかける展開だろう。そして、ソウルなどの大都市の街中で、軽食店や小売店などを懸命に切り盛りする自営業者の姿も、庶民層の典型的なイメージの一つとして目にする。

 今回は韓国での「自営業者」という存在を通じて、韓国経済のありようについて少し考えてみたい。

 実は韓国は、働き手の中で自営業者の存在感が大きい。それを示すのに、「4人に1人が社長」といった言い方もあるほどだ。

 経済協力開発機構(OECD)によると、韓国では就業者に占める自営業者の割合が約25%。文字どおり、「4人に1人」だ。OECD各国の中でも多い方で、約10%の日本を大きく上回る。こうした状況は、韓国の産業構造と密接に関連している。

 韓国では1997年の通貨危機を経て進んだ労働分野での規制緩和などにより、働き手はリストラの不安と背中合わせになった。

 安心して長く働き続けられる、という保障はなく、大企業の正社員とて必ずしも例外ではない。通貨危機や、2008年の「リーマン・ショック」などの不況期は言うに及ばず、働き盛りの中高年世代が子どもの教育費などで出費が一番かさむ時期にリストラに直面するケースも相次いでいる。

 一方、負担の大きい教育費や住宅費をまかないつつ暮らしていけるような良質な雇用は、厚みと広がりを欠く。サムスンや現代自動車、LGといった財閥系大企業は多くの人々が望む職場だが、実際に就ける人は一握りだ。

 韓国のかつての急速な経済成長は「圧縮成長」などとも称されるが、一部の大企業が政府の後押しも受けて主役を担う一方、素材や部品などは海外からの輸入に頼る部分が大きく、国内に競争力のある中小企業が十分育たない、という結果を招いた。

 今も大企業の圧倒的な力が中小企業の成長を阻んでいる面もあり、一部の大企業以外には、賃金や福利厚生などの面で恵まれた雇用の受け皿が十分にない、という構図になっている。

 こうしたなか、職を失ったり、賃金が下がったりして苦境に陥った人たちはどうするのか。

少なくない「やむを得ずの起業」

 有力な選択肢の一つになるのが、自営業への転身だ。

 自営業を始める理由はもちろん多様だが、韓国の経済専門家らの分析もふまえると、こうした「やむを得ずの起業」が少なくない、という言い方はできそうだ。通貨危機で大量の失業者を出すことになった後、2000年代後半ごろまでは自営業者の割合は今よりもっと多く、30%を超えていた。

 いざ自営、となると代表的なのは、コンビニや軽食店、パン屋、居酒屋などを営むことだ。特に最近は、大手チェーンのフランチャイズ(FC)方式での自営業参入が人気を集めている。大手のブランド力を利用し、規格化された設備や材料などの供給を受けることができ、マニュアルに基づいて、誰でも比較的手っ取り早く始められる。

 韓国の街を歩いていると、狭いエリアにフライドチキン店やカフェなど同じような店が乱立している様子をよくみかける。一つ店が成功すれば、すぐに似たような店ができる、というケースもある。

Scharfsinn/shutterstock.com

 ただ、誰しも考えることは同じ、となれば、当然ながら過当競争に陥りがちで、開業を果たしても、長く生き残れる保障はない。

 私は過去にソウルで2度暮らしたが、「お、新しい店ができたな」と思った飲食店などが数カ月も経たずに閉店している様子を、何度もみかけた。

 例えば飲食業では「3年続く店は3割以下」とも言われる。2年前にソウルで取材した時も、「近所にどんどん競争相手が増えてきて、なかなかもうけが出ない」といった声を聞いた。思うように利益が出ず、開業時の借金も満足に返せないまま廃業に追い込まれるケースも相次いでいるようだ。

文政権に反発した自営業者たち

 文在寅政権が「所得主導成長」を旗印に進めた政策のうち、インパクトが大きかったのはやはり、2年連続で実施した最低賃金の大幅引き上げだった。そして、この政策に強い反発を示したのが、急激な負担増に直面した自営業者だった。消費の低迷や激しい競争で、黒字確保がままならない業者も多いからだ。

豪雨のなか、ソウル中心部で開かれた最低賃金引き上げに抗議する集会=2018年8月29日、東亜日報提供

 最低賃金の引き上げは17年5月に大統領に就いた文在寅氏の目玉公約の一つで、「2020年までに最低賃金を時給1万ウォン(約千円)に引き上げる」とうたっていた。所得主導という経済政策の特色を国民にアピールするうえでも、とてもわかりやすい内容だ。

 就任後、さっそく実現に動いた。

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