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日本の米輸出はWTO違反だ

農産物輸出の実態は「農業振興」とはとても言いがたい

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

Mr. Kosal/shutterstock.com

 国内の農産物市場が高齢化や人口減少で縮小するなかで、小泉内閣の頃から政府は農産物輸出に力を入れてきた。人口減少等で国内市場が縮小するのは農業に限ったことではないが、小選挙区制の下では公明党支持者と同じくキャスティングボートを握る農民票を自民党につなぎ止めたいと言うことだろう。

 2018年の農林水産物・食品の輸出額は、前年に比べて12%増加し、9068億円となった。6年連続で過去最高を更新し、政府が目標に掲げる1兆円が近づいてきた。政府にとっては、喜ばしいことだろう。

 また、2月14日付けの日本経済新聞は、「コメ輸出額、10年で10倍」という記事を掲載し、2018年は前年比、数量で17%、金額で18%の増加となったとし、輸出への取り組みを紹介している。

輸出上位は加工食品と水産物

 うわべだけを見ると、なにやら良いことのようだが、本当に農業の振興や発展に繋がるものなのだろうか?

 まず、農林水産物・食品の輸出額の内訳を見よう。上位10品目を見ると、アルコール飲料(618億円)、ホタテ貝(477億円)、真珠(346億円)、ソース混合調味料(325億円)、清涼飲料水(282億円)、さば(267億円)、牛肉(247億円)、なまこ(211億円)、菓子(米菓を除く)(204億円)、たばこ(185億円)となっている。

 農産物は牛肉だけで、あとは加工食品と水産物である。加工食品が国産農産物を原料としているのであれば、農業の振興につながるという説明もできるだろうが、このうち国産原料を使用しているのはアルコール飲料の中の日本酒(222億円)くらいだ。菓子等は、小麦、砂糖、カカオなどの輸入農産物を加工したものである。アメリカやオーストラリアなどからせっせと原料農産物を輸入して加工貿易をしているのであり、間接的にアメリカ農業などの振興をしていることになる。

 上位20位まで広げても、話は同じである。13位に緑茶(153億円)、15位にりんご(140億円)が出てくるだけである。日本経済新聞が大きく取り上げた米は、番外の38億円。その輸出量は1万4千トン。国内生産全体に比べると金額・数量とも0.2%に過ぎない。これがさらに10倍になったとしても、とても農業振興に役立つとは言えない。

隠された「米輸出補助金」

 しかも、この米輸出はWTO違反の補助金によって行われているものである。

 農林水産省のホームページに、「お米の輸出 解説します」というPR動画がアップされている。また、予算額7億5千万円のコメ・コメ加工品輸出特別支援事業によって「戦略的輸出基地と連携して輸出に取り組む戦略的輸出事業者等が行う海外市場開拓、海外でのプロモーション活動の強化、海外規制への対応の取組促進等を支援します」としている。7億5千万円(補助率1/2なので事業費総額は15億円)も国税をかけて38億円しか輸出できていない。

 それどころか、38億円から肥料・農薬、農業機械、燃料などの資材費や流通経費等を引いた農業の付加価値額は、この予算額とほぼ等しいだけではなく、事業費総額を大幅に下回るのではないかと思われる。費用対効果からみると、意味がないどころか浪費的な経済資源の投入だが、同省の事業にはこのようなものが多いので、ここでは立ち入らない。

jaranjen/shutterstock.com

 大きな問題は、米の輸出にはWTOで禁止されている輸出補助金がさらに7億1千万円ほど(2018年産)交付されているのに、この動画でも支援事業の説明でも、これには一切触れていないことである。同省はアメリカやオーストラリアなどがこの補助金に気づくことを恐れたのだろう。

WTOに明確に違反

 これについて説明しよう。

 2018年産から国が(これ以上米を作ってはいけないという)米の生産目標数量を配分することを取りやめた。これをとらえて、マスコミは減反廃止という安倍政権のフェイクニュースを流し続けている(「もうやめて!「減反廃止」の“誤報”」参照)のだが、自民党や農林水産省が生産調整の見直しを行ったのは、民主党が実施した戸別所得補償が米の生産目標を達成することを条件にしていたからである。

 戸別所得補償は生産調整(減反)=生産目標数量の完全達成をした農家だけに払われるというものだったのである。自民党は戸別所得補償の廃止を選挙公約に掲げ、政権復帰後2018年産からこれを廃止することを決定した。それに伴い、戸別所得補償とリンクしていた生産目標数量は意味のないものとなるので、廃止されただけである。

 生産調整を見直した自民党農林族も農林水産省もJA農協も減反廃止とは言わないし、これを強く否定する。不思議なことに、この見直しにほとんど関与しなかった安倍総理だけが、40年間誰にもできなかった減反を廃止したのだと、国会でもダボス会議でも胸を張った。

 戸別所得補償とは別に、従来からの生産調整(転作)補助金は、エサ米への助成など大幅に強化・拡充されて実施されている。その中に「産地交付金」という名目の補助金がある。この補助金について、戸別所得補償が継続されていた2017年産までは、「助成内容は以下のルールに即して設定します」として「主食用米、輸出用米及び調整水田等の不作付地に対する助成は行わないこと」とされていた。輸出用米への助成は明らかにWTO違反の輸出補助金だからである。

 しかし、2018年産からは、この中にコメの新市場開拓(輸出用米等)として新たに10アールあたり2万円が交付されることになった(これは戸別所得補償の1.5万円を上回る金額である)。これに伴い、助成ルールは「主食用米、備蓄米、不作付地に対する助成は行わないこと」とされ、輸出用米は削除された。

 2017年産までは、輸出用米を生産しても生産調整(転作)補助金は交付しないが、(主食用米の)生産目標数量にカウントしない、つまり、輸出用米として米を生産していれば、主食用米を生産しているとは見なさない、生産調整(転作)を行っている、生産目標数量を守っているので農家は戸別所得補償をもらえるという運用がなされていたのである。

 輸出用米には生産調整補助金は交付しないが、輸出用米を生産すれば戸別所得補償が交付されるので、戸別所得補償は間接的な輸出補助金として機能していた。これもWTO違反の疑いがある。

 ところが、2018年産からは、戸別所得補償と生産目標数量が廃止され、間接的に輸出を助成することができなくなった。このため、「産地交付金」として直接的な輸出補助金を交付することにしたのである。

 これは、明らかにWTOで禁止されている輸出補助金である。

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