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ゴーンが満喫した役員報酬開示の後進国ニッポン

「懐の中を見せたくない」日本の経営者たち

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

「2000年度目標必達」と書かれただるまを手にするゴーン社長=2001年5月17日、東京・紀尾井町

役員報酬開示の後進国・日本

 拘置所で長期勾留されることによって「人質司法」という日本の刑事司法の後進性を全世界に周知することに成功した日産自動車のカルロス・ゴーン元会長は、自らの逮捕・起訴を通じて、もう一つの日本の後進性を自身が満喫していたことを知らしめることにもなった。日本の役員報酬開示制度の後進性である。

 金融庁は内閣府令を見直し、2019年3月期決算から役員報酬の算定方法、業績連動報酬と固定給の支給割合の決め方、業績連動報酬の場合はどんな指標に連動するのか、その指標についての説明などの開示を義務づける。

 これまで日本の上場企業の役員報酬の開示では、民主党政権時代に亀井静香金融担当相の鶴の一声で2010年3月期から1億円以上の報酬を得た役員の氏名や報酬額が開示されるようになった。それ以来の大きな変更となる。金融庁は「欧米と彼我の差が大きかったが、これで少しは国際的に胸が張れるようになる」と自賛する。

 しかし、欧米と比べると、やっと端緒についたばかりで、グローバル・スタンダードの観点に立つと、日本はまだ役員報酬開示制度の後進国とさえ言える。

 「日本の開示対象は1億円以上を得た人に限られていますが、米国や英国では金額の多寡にかかわらず、役員全員が開示対象となります」。金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループのメンバーでもある早稲田大の黒沼悦郎教授は指摘する。

日産は1ページ、米P&Gは50ページ

 米国では、すべての取締役、およびCEO、CFO、報酬上位3人の報酬が個別に開示されるだけでなく、報酬プログラムの目的や設計思想、固定給や業績連動報酬など報酬の構成要素の算定方法、即時に払われるものと長期的に支払われるものとの区分、ストック・オプションなどエクイティ報酬の決定方法、個人の業績を報酬に反映する仕組みなども開示の対象になる。

 破綻したリーマン・ブラザーズのリチャード・ファルドCEOが7年間に500億円近い報酬を受け取ったり、公的支援を受けた金融機関のトップの法外な報酬が明らかになったりして世論の猛反発を浴びたことで、CEOと従業員の平均給与の比率「格差倍率」も公開されるようになった。

 英国もほぼ同様で全取締役の過去2年分の報酬の一覧表を始め、過去10年間のCEOの報酬額、CEOと従業員の報酬の年ごとの変動割合も公開の対象となっている。ドイツやフランスも原則、役員ごとに報酬や長期インセンティブ報酬などが開示の対象となっている。

 開示項目が多岐にわたるだけに、公表された役員報酬の開示資料は膨大になる。ゴーンが訴追された日産自動車の有価証券報告書は、わずか1ページしか役員報酬についての記載がないが、洗剤や日用雑貨の総合メーカー、米P&Gだと50ページも割いて言及しているし、食品やヘルスケアなど欧州の総合消費財企業、ユニリーバも30ページぐらいの分量がある。

 記載の精密さの水準が、日本とはまるで違うのだ。

 膨大な開示をしている欧米諸国と比べて、日本の開示が遅々として進まなかったのは、欧米ほどケタ外れの貪欲な経営者が日本ではあまりいなかったことに加え、企業経営者の間に「懐の中を見せたくない」という後ろ向きの姿勢があるからだ。

 経団連は1億円以上の開示が導入された当時、猛烈に反発したが、「あのときはどうにもならず、その後、定着してしまった」(担当幹部)という悔しい思いがある。それだけに、さらに開示対象を拡大することには「プライバシーの問題がある。1億円を超えていない役員の報酬をどこまで開示するかは疑問」(同)と極めて消極的だ。

SOUTHERNTraveler/shutterstock.com

1億円以上の報酬を受け取る理由が説明できない役員たち

 投資家代表として金融審のワーキンググループに参加したフィデリティ投信の三瓶裕喜氏は「日本では、この役員はどういう行動を取るのか、投資家サイドが想像できる仕組みになっていないところが問題です」と言う。「この人は何によって動くのか、短期の業績なのか長期なのか、小手先のことなのか、そうではないのか。米国では、報酬委員会がさまざまな指標や証拠集めて、可能な限り客観的な報酬制度にしようとします。そのうえで株価や業績の水準からみて『この人はこのくらいの水準が妥当だろう』となります。第三者がみて報酬の適正さを検証できる仕組みが必要なのです」と語る。

 企業の株を売り買いする投資家からすると、日本の企業の役員報酬制度は開示資料も素っ気なく、どのように決まっているのかが皆目分からない。業績が悪化していても役員報酬は高止まりしているかもしれないし、開示を免れたいがために1億円以下の9999万円にしているのかもしれない。

 「1億円を超えると目立つから超えたくない。何で超えるのを嫌がるかというと、なぜ1億円以上の報酬を受け取ったのか説明ができないからです。それで1億円弱で寸止めしている企業が結構多い。非常に健全ではないですね」と三瓶氏。

 それだけに今回のゴーンの事件は「業績連動報酬がどのようにして決まっているのかがまったくわからないのが問題です。欧米だったら、もっときちんと開示しないといけないのをゴーンさんは日本だから免れている」と疑問視する。そのうえで非連結のジーアなどの企業から報酬やフリンジベネフィットを受け取っている点を「株主から見たら非常に問題。他から貰っていたら『一体この人はどこを向いて働いているのか』となる」と批判する。

 大阪大の津野田一馬准教授も同意見だ。「もし米英並みの基準なら、ゴーンさんは、そもそも報酬の哲学を示し、どういう根拠でいくらをもらうのか、そのストーリーを開示しないといけない。役得的な住宅やプライベートジェット機などは米国では最近、報酬として開示されているケースもあります」

 報酬はグローバル・スタンダード並みの高水準を享受するが、開示は抜け穴だらけの日本制度の低水準を満喫する。それがゴーンのやり方だった。

開示が進み役員報酬は上がった!

 ただし、日本のお手本となる欧米がすべて「ご立派」かというと、そうでもない。

 巨額報酬を牽制するために採用された役員報酬開示制度だが、米国では開示が進むと、「ライバル社のあいつはあんなに貰っているんだから、俺だって

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