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大統領のツイートに振り回される記者たち

ホワイトハウス担当のベテラン記者と歴史学者の受け止め方

松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

トランプ氏の登場で慣例の儀式は立ち消えに

米政府系放送局「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)のホワイトハウス担当記者、スティーブ・ハーマン=ワシントン、後ろはホワイトハウス米政府系放送局「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)のホワイトハウス担当記者、スティーブ・ハーマン=ワシントン、後ろはホワイトハウス

 ホワイトハウスまで10分ほどのところにあるカフェで、米政府系放送局「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)のホワイトハウス担当記者、スティーブ・ハーマン(59)に会った。

 「僕たちリポーターは台風のまっただ中にいます。トランプ政権は本当に難しいことをいろいろと投げつけてくる。まったく教科書通りには行かない政権で、トランプ大統領が気ままに発信するツイッターに振り回される日々です」とハーマンは語る。

 それまでの政権では、一種の慣例として、ホワイトハウスを担当するプールメンバー(代表取材)の記者やカメラマンに対し、一日の終わりに「本日の報道対応は終了しました」という趣旨の「Lid」と呼ばれるアナウンスを行ってきた。それを合図にホワイトハウス担当記者はその日の仕事からつかの間「解放」され、自分の時間を持つこともできた。

 だが、トランプ政権下ではそうした儀式は当然のように立ち消えになった。プレスブリーフィングルームでの定例会見も行われなくなった代わりに、文字通り早朝から深夜まで、容赦なくトランプ氏のツイッターが飛んでくるようになったからだ。

 「大統領が午後9時に突然ツイートすれば、毎日の仕事が例えば18時間も続いてしまう。極めて長時間にわたって緊張を持続しなければならないため、例えばニューヨーク・タイムズの場合はホワイトハウス担当の記者を9人ぐらいそろえている。一人で対応するなんて到底無理です」とハーマンは語る。

 しかも、ホワイトハウスが何か公式見解を出したとして、それと明らかに矛盾したり、その内容を根底から覆したりするようなツイートが後から大統領によって出されることもしばしばだ。その結果、「大統領がツイートした内容が『オフィシャル』(公式見解)」ということになってしまうという。                  

 「従来の政権では、政策というものは非常にゆっくりと、でも確実に前に進んでいくものとされてきました。それが米国政治の通例であり、だからこそ少しでもその政策の中で何か変更点が出るとそれだけで『大きなニュース』とみなされたものです」。だがトランプ政権では状況は一変した。トランプ氏の思いつきである日突然、事態が180度変わってしまうようになったからだ。

中間層が薄くなり、二極化が進む

 アジア各地で26年間特派員として仕事をし、16年に母国の米国に帰ってきたハーマン。痛感させられたのは「米国民が非常に分断されて中庸な人々がいなくなってしまった」ということだ。

 「何しろ自分の国に帰ってくること自体がカルチャーショックなんですから。自分の国にいながら、あたかもどこか外国にいるように感じています」

 メディアにとって視聴者層のターゲットとなる「真ん中」が薄くなったことに伴い、テレビ局の放送内容も二極化した。「(右派の)FOXニュースなどはもう客観性というものすら投げ捨ててしまった感があります。視聴者のマーケットが大事ですから、薄い中庸層に向けて発信しても意味がないと考えているのでしょう」

 加えて、「OAN」(One America News Network)や「Newsmax」など、FOXニュースよりもさらに右寄りのメディアが台頭して存在感を増してきたことが背景にあるとハーマン。「FOXニュースが『トランプ礼賛報道』から一歩引くと、熱狂的なトランプ支持者の一部がそうしたメディアに流れる可能性がある」という。

 「トランプ氏にとって何より恐ろしいのは、極右の人々が自分に対する意見を少しでも変えることです。その人たちのおかげでここまで持ち上げられて大統領の地位にたどり着いたわけですから。だから例えば移民政策一つとっても、少しでもソフトなことを口にしたら『大統領は妥協しすぎているんじゃないか』と批判を浴び、結果としてその人々が自分から離れていってしまうかもしれない。それが一番怖い。トランプ氏にとっても正念場です」

 その一方で、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストがいくらファクト(事実)をまじめに報道しても「そのコンテンツにまったく興味を示さない米国民がたくさんいる」と指摘する。「両紙がきちんとしたジャーナリズムに基づいて情報を発信しても、それぞれの系列のテレビ局が伝える際は『それぞれの局のバイアスがかかってしまう』ため、両紙の報道が偏っているか、フェイクニュースだというように伝えられることもしばしばだ」とハーマンはいう。

 他方、ファクトチェックを続けるワシントン・ポストの責任者、グレン・ケスラーは朝日新聞の取材に対し「トランプ大統領は事実と異なる発言の数や内容の異質さで例をみない政治家だ。就任から2年間で発した虚偽の回数は8158。代表的なパターンは自らの業績の美化で、次が政敵攻撃、三つ目が『事実の捏造(ねつぞう)』」だと指摘している(注1)。

「月は緑色のチーズでできている」と大統領がいったら……

トランプ氏とツイート画面トランプ氏とツイート画面

 アメリカの学者の中には「メディアはトランプ氏のツイートを追いかけてファクトチェックをしているが、それをやればやるほど報道は『トランプ一色』になっていてトランプ政権の思うつぼだ。メディアはホワイトハウスと大統領だけを報道の対象にしているからそうなるのだ」、「いっそのことホワイトハウス担当記者会は取材をボイコットしてしまえばいい」などといってメディアの報道姿勢を攻撃する人もいる。

 だが、ハーマンは「大統領の発言を報道しないというのは僕たちにとっては職場放棄になってしまう」と反論する。「僕の立場というのはホワイトハウス担当記者の中でもとてもユニークなものだと思っています。なぜならVOAのジャーナリストとして、僕は米国の内側に向けてではなく米国以外の国の人々に向けてニュースを発信するからです。ですからこの国の中に様々な亀裂が生じているとしたら、それをきちんとそのまま報道しなければならない。極端な例ですが、もし大統領が『月は緑色のチーズでできている』と発言しても、『大統領がこういった』と報道しつつ、科学者のもとに走っていってファクトチェックもします」

「歴史の判断に任せたい」

 その上でハーマンは「トランプ支持者は『メディアは大統領に逆らってはいけないのだ』というふうに僕らのことを見ています」と話す。「国民の多くはまだ『メディア不信』のほうに固まっている。そんな中、一人ひとりのジャーナリストがそれを乗り越えていくことはもしかしたら難しいのかもしれない」という。

 「もちろん僕たちは自分の仕事を常に自己反省しなければいけないし、実際そうしているつもりです。間違いを犯したら訂正を出して、間違ったことに関しても透明性を持って読者に接しなければならない。でも、『世論がメディアをどう見るか』によって自分たちの仕事のやり方や主義主張を変えるなんてことは、僕たちはやってはいけないと思う。大統領を批判する必要があると判断した時は判断し、あとはその報道のあり方を含め歴史の判断に任せるしかないのではないか」

 トランプ氏が次の2020年の大統領選で再選される可能性はあるかと尋ねてみた。しばらく沈黙した後、深いため息をついた上で「まだだいぶ時間はありますから何が起こるかはわかりませんよ」とハーマンはいった。

 「でもね、忘れてはいけないのは『政治なんてものは腐敗し切っていて信用できない』という不信感が渦巻く中、前回の大統領選で人々の心に触れることができた候補は(民主党候補に一時なった)バーニー・サンダース候補とトランプ氏だったということ。そしてそのトランプ氏は大統領に就任したその日から再選に向けて選挙活動を始めているということです」

「現実が可視化されただけ」

アメリカン大学歴史学部教授のピーター・カズニック=ワシントンアメリカン大学歴史学部教授のピーター・カズニック=ワシントン

 ワシントンのホテルで会ったアメリカン大学歴史学部のピーター・カズニック(70)は「米国社会はトランプ氏の登場前からすでに分断されていて、その現実が可視化されただけ」と語る。他方、自分にとって都合の悪い報道をするメディアを徹底的に敵視して「フェイクニュース」と批判するトランプ氏の手法については「民主主義に対する深刻な脅威だ」と憤る。

 カズニックはいう。

 「2016年のトランプ氏の選挙キャンペーンが恐ろしかったのは、マイノリティー(少数派の人々)を標的にしていたことです。またメディアを完全に操作していくという手法は1930年代のナチスドイツのやり方と非常に酷似していた。ここまで『メディア不信』

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