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社長から「人事と金」を奪って良いのか

日産のガバナンス改善特別委の報告書を読み解く

加藤裕則 朝日新聞記者

hxdbzxy/shutterstock.com

経営者に甘い日本

 カルロス・ゴーン前会長の事件から信頼回復をめざす日産自動車。ゴーン前会長は無実を訴えるが、すでに日産自動車は経営トップの暴走をふせぐ新たな仕組みづくり着手した。かぎになるのが、3月27日に提出したガバナンス改善特別委員会の報告書だ。

 元経産官僚の社外取締役のほか、法律、会計、企業経営の専門家ら7人が3カ月がかりで議論し、32ページの中に38の提言を盛り込み、日産に変革を求めた。

 報告書を分析して見えたのは、経営者に甘い日本の緩い制度だ。日本の上場企業全体に問われている。

 ガバナンス報告書は格調高い。「不正行為の根本問題を解消し、世界をリードする企業にふさわしいガバナンス体制を構築する」とその目的を高らかに掲げた。

 そのうえで、日本の上場企業が課せられる東京証券取引所(東証)のコーポレートガバナンス・コード(統治指針)の存在にふれ、「コードが要求する水準を上回る強固なガバナンスを求めるものである」と訴えた。さらに、国際的な専門家の意見もきき、海外で優れたガバナンスを実現しているケースと遜色のない体制をめざしたという。

わずか数人の社外取締役に任せて大丈夫?

 「経営者の選・解任や報酬の決定をわずか数人の社外の人にまかせて本当いいのでしょうか」と力説するのはコーポレート・ガバナンスに詳しい東京霞ヶ関法律事務所所属の弁護士、遠藤元一さんだ。

 問題視するのは、日産のガバナンス改善特別委員会が強くすすめる指名委員会等設置会社という取締役会の形態のことだ。

 一般に社長の力の源泉は、人事(指名権)と金(報酬の分配)だと言われるが、この形態は、社長の力の源泉を奪い、取締役の選・解任権や報酬の決定権を社外取締役が過半数を占める指名委員会、報酬委員会に委ね、それらの委員会が株主総会の決議事項を決定できるという仕組みだ。

 当然、各委員会の社外取締役には強力な権限が与えられる。社外取締役が仮に独断的な決定を行っても、取締役会でそれを抑止できないという問題点が生じる。

 遠藤さんは「事実上、次の社長ら役員の『指名権』まで与えるような仕組みで、社外取締役の考え方一つで威力を発揮しすぎ、暴走を許しかねないという意味で危うさを抱えている」と批判する。

 日本の上場企業は、指名委員会等設置会社のほか、監査等委員会のみをつくる監査等委員会設置会社、取締役会の外に監査役をおく監査役会設置会社の3類型の中から、選ぶことが会社法で決められている。マスコミは、指名委員会等設置会社のことを「欧米型」と呼び、もっと規律が高いと考えている。パソコン事業などで不正決算が発覚し、原発で巨額な損失を出した東芝が指名委員会等設置会社だったことで評判を落としたが、今もこれを採用しているのは69社で、上場企業の2%だ。

 会社法学者の中には、この指名委員会等設置会社は米国において取締役会が経営を監視するモニタリング機関に変化する過程で生じた一時的な形態であるとする考え方もある。

 米国の取締役会はモニタリング・モデルとして、社長や副社長ら経営幹部(執行部)のパフォーマンスを評価するのに対し、日本の取締役会は、業務執行の意思決定が中心的な役割であると同時に、経営者の監督も担う機関(マネジメント・モデル)と位置づけられている。株主総会にも違いがあり、遠藤さんは、指名委員会等設置会社を採用するかどうかは、このような違いを考慮に入れたうえで決めるべきだという。 

 日産は、日本の上場企業の7割が採用する監査役会設置会社だ。遠藤さんは「任意で指名・報酬委員会を置き、監査役をしっかりと機能するようにすれば、それでガバナンスを十分に発揮することはできる」と言う。

 ガバナンス改善特別委員会の報告書によると、ゴーン元会長は、取締役会で意見を言った取締役や監査役を自室に呼び、いわゆる、うるさ型の監査役を再任しなかったという。「何も言わない監査役を探してこい」と言ったことも記されている。

 監査役の異動を日産の有価証券報告書証券報告書を調べると、2017年6月から2018年5月のわずか11カ月の在勤期間の監査役がいた。もと外資系のコンサルタント会社出身だ。このほか、日本興業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)の元幹部が続けて社外監査役に就いていた。まるで銀行の既得権益となったポストのようだ。

 日産の取締役会の開催時間は、平均時間が20分だった。監査役は取締役会にも出席する。経済産業省の調べでは、取締役会(大企業)の平均開催時間は1.7時間という数値がある。20分はいかにも短く、監査役が勇気を持って「もっと長く議論をするべきだ」と言えなかったのだろうか。

 遠藤さんは、この報告書によって、監査役会設置会社が根本的な原因に対処できない制度だと誤解される可能性があるのでは、と危惧している。

日常から二系統の報告

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 「この文章にはちょっと問題があるな」と言うのは伊藤忠商事で監査部長や監査役を務めた別府正之助さん(79)。提言の30番目、内部監査部門の改善を求めた項目だ。

 「内部監査・統制部門がトップマネジメントの不正のおそれを探知した場合、通常とは異なり、これらのレポートラインを監査委員会のみとし、監査委員会による内部監査・統制部門に対する指示を、CEOを含む執行役による指示に優先させる」とある。

 多くの上場会社には、内部監査室、経営監査部などのセクションがあり、経費の使い方などに目を光らせているが、ほとんどの組織は、社長や担当役員ら経営者の直属機関となっている。日産の「不正」のような典型的な経営者不正の場合、こういうときにはまったく役に立たない。

 別府さんによると、経営者不正を防ぐため、国際ルールでは、経営者のほかに、監査役や監査委員などにも報告し、一定の指揮を受ける仕組みが一般化しているという。

 別府さんは言う。

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