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産業界の重鎮が「石炭」にこだわるわけ

温暖化対策、「枝葉」ではなく「根幹」の戦略を

山口智久 朝日新聞オピニオン編集長代理

重い腰をあげたG20議長国・日本

朝日新聞4月24日付朝刊
 政府は4月23日、日本の長期的な温暖化対策の戦略案を示した。「2050年までに温室効果ガス排出量の80%削減」をするためのさまざまな対策が列挙されている。

 2015年に国連で採択された地球温暖化対策の「パリ協定」は、各国は自国の長期的な温暖化対策を決めて国連に提出することを「努力すべき」としている。先進7カ国(G7)のなかで、日本とイタリアだけが未提出だったが、ようやく日本の案が出てきたのだ。

 アメリカは、パリ協定を主導したオバマ政権終盤の2016年11月に提出。競うようにドイツ、カナダ、フランスが続いた。

 イギリスは、2016年6月の国民投票で欧州連合(EU)離脱を決めたために内政が混乱し、提出が遅れた。アメリカの長期戦略は、トランプ政権の誕生により宙に浮いている。

 日本は、内政が混乱しているわけでもなく、それどころか極めて強力な長期安定政権が続いている。それなのに提出が遅れたのは、政権の温暖化対策への関心が薄いからだろう。

 それが今回、重い腰を上げたのは、今年6月に開かれるG20の議長国だからである。

 温暖化対策の長期戦略はいまのところ、中国、インド、ロシア、サウジアラビア、インドネシアなどの温室効果ガス大量排出国も提出していない。

 G20は、これらの国々に「あなたたちも早く提出しなさい。大国としての自覚はあるのですか」と迫る絶好の機会である。その議論をまとめる議長国が提出していないと、さすがに格好がつかない。

 「2050年までに80%削減」が初めて目標となったのは、2009年7月にイタリアで開かれたG8サミットである。日本からは麻生太郎首相が出席した。この時の宣言案に「世界全体で50年までに50%削減」「先進国は80%削減」という文言が盛り込まれた。

 削減策を具体的に積み上げた数字ではなく、当時、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、気温上昇を2度に抑えるために必要な削減量として示していたものだ。これは、先進国が率先して対策をとることを約束する代わりに、当時、削減義務が課されていなかった中国やインドなどの新興国に対策を促す狙いがあった。

 その後日本政府は、民主党の野田政権だった2012年4月に「2050年までに80%削減」という目標を閣議決定し、国家目標になった(当時の環境大臣は細野豪志氏)。

 こうした経緯もあることから、安倍政権になってからも目標は維持されている。

産業界の重鎮が「石炭」にこだわる理由

Rasta777/shutterstock.com
 長期戦略案をつくるにあたって、石炭火力発電をめぐって対立があったという。案をつくる有識者会議の座長、北岡伸一氏(政治学者、国際協力機構理事長)が示した座長案は「長期的に全廃に向かっていく姿勢を明示すべきだ」「日本のレピュテーション(評判)リスク」「今後、原則として、公的資金の投入、公的支援は行わない」などと明記していた。

 これに対し、委員の中西宏明・経団連会長(日立製作所会長)が「世界で石炭火力が引き続き需要される。レピュテーションリスクがあると断言すべきでない」と反論。進藤孝生・日本製鉄会長、内山田竹志・トヨタ自動車会長も同調した。

 その結果、石炭火力については「依存度を可能な限り引き下げる」という表現に弱められたという。

 発電のために主に使われる化石燃料は、石炭、石油、天然ガスがあるが、同じ熱量を得るために排出される二酸化炭素の量は「石炭:石油:天然ガス=10:7.5:5.5」という割合だとされている。一方、石炭は相対的に安価というメリットがある。

 『「再生エネ批判」は印象操作だ!』で安田陽・京都大学特任教授が話していた「便益」と「隠れたコスト」を考えると、石炭火力発電は、いまの世代にとっては電力を安価に手に入れられるというメリットが大きいが、温暖化を大きく促すために「隠れたコスト」が高く、将来世代の便益を考えれば、できるだけ早く再生可能エネルギーなどにシフトしていくべきだろう。

 イギリスやカナダは石炭火力の全廃を打ち出した国もあり、石炭火力事業への融資を見合わせる世界の投資機関も増えている。そうしたなかで依存し続けるのは格好悪い、すなわち「レピュテーションリスク」になるのは確かだろう。

 そのレピュテーションリスクがどの程度のものなのか。産業界の重鎮たちには「全廃」を明記することに、別のリスクを見たのではないか。

 石炭、石油、天然ガスの国際取引での価格形成は、互いに影響し合う。同じ石炭でも産地によって性質が違うほか、長期取引することもあれば、スポット取引もある。

 いまは三種の燃料を買えるので、例えば石油の取引で「もっと値引きしていただけなければ、今回は石油はやめて、石炭を買います」と売り主に迫り、譲歩を引き出す交渉ができる。

 ところが、政府が石炭の全廃を決めると、今度は売り主から「この価格で決めておいた方がいいんじゃないの? おたくの国では石炭がもう使えないんだろ?」と足元を見られる可能性が出てくる。安い石炭を使えなくなるだけでなく、それにより石油と天然ガスの価格が引き上がる可能性がある。

 国内エネルギーの約9割をこれら三種の燃料に頼っているいま、当面は燃料の価格上昇によるリスクは大きい。

「枝葉」ではなく「根幹」の戦略を

 これも、国内で再生可能エネルギーを増やせば、状況はガラリと変わる。

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