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村上世彰氏を完敗させたヨロズという会社

買収防衛策を巡る裁判闘争で村上氏は完敗したのだが……

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

村上世彰氏

買収防衛策を巡る裁判闘争

 投資家の村上世彰氏が、自動車部品メーカーのヨロズとの裁判闘争で完敗した。村上氏は、ヨロズが採用した買収防衛策を廃止させようとしたのだが、裁判所はヨロズ側に軍配を上げ、村上氏の主張を退けた。裁判所は「大量の株を手に入れることの障害になりそうだから廃止を求めているのだろう」と村上氏の魂胆を推認している。

 ヨロズとは風変わりな名前だが、もとは1948年創業の萬自動車工業(横浜市)という社名だった。「萬」を「よろず」と読めない人が少なくないため、90年にヨロズに社名変更。日産自動車系列のサスペンション部品メーカーとして知られ、かつては日産が31%の株式を保有し、いまも志藤昭彦会長が日産の取引メーカー220社で作る「日翔会」の会長を務めるなど日産とのつながりは深い。

 サスペンション関連部品では高いシェアを有し、日産以外の国内メーカーを始め、ダイムラーやフォルクスワーゲン、ルノーなどにも販路を広げている。

 村上氏の影響下にある投資会社レノと娘の野村絢夫妻は、この5月までにヨロズの株を5%強取得した。そのうえで、レノは株主が行使できる株主提案権を使って、ヨロズが2006年に導入した買収防衛策を廃止する議案を6月開催の株主総会で諮ることを求めたのである。

 ヨロズの買収防衛策は、20%以上の株を取得しようとする「買い占め屋」や「仕手筋」「敵対的買収者」に対抗措置が発動される、というものである。対抗措置とは、これらの乱用的な買収者以外のヨロズの株主に対して新たに新株予約権を発行することによって、買収者の持ち分を劇的に下げるという方法だ。潜在的に大量の新株が発行される恐れがあるため、買収防衛策を導入した企業は、投資家が敬遠して株価が上がりにくくなる副作用もある。

 レノによる買収防衛策の廃止提案に対して、ヨロズは5月9日、「レノの提案は適法性に疑義がある」として株主総会で取り上げないことを通知した。ヨロズの買収防衛策は昨年の株主総会で3年間の有効期限のもと更新されたばかりであることと、買収防衛策の廃止は取締役会で決めることであって株主総会で決める性格のものではないということを盾に、レノの要求を門前払いにしたのである。

 それに怒ったレノ側は株主提案を議題に求める仮処分を横浜地裁に申し立てたが、横浜地裁は5月20日、申し立てを却下。レノ側は不服として東京高裁に抗告したが、これも同27日に棄却された。

ヨロズに乗り込んだ村上氏

 横浜地裁の認定で興味深いポイントは、レノ側が「村上世彰氏はレノの実質的支配者ではない」と主張したのに対して、横浜地裁が、レノはもとよりフォルティスやC&Iホールディングス、南青山不動産、リビルドなどいくつもの企業群をまとめて「村上氏の強い影響力の下にある」と指摘したことだ。

 そのうえで、村上氏がヨロズ株を12%程度保有していた15年当時の振る舞いをこう指弾している。

村上氏は、具体的な事業計画や事業運営に関する改善提案をまったく示さないまま、「配当が低い」「配当性向を100%にせよ」「株主還元を含めた新たな中長期経営計画を出せ」などと要求し、村上氏が、仮に株主還元策を含めた中長期経営計画に納得できない場合には、「公開買い付け(TOB)に入りましょう」「11人いる取締役はクビ、辞めてもらう。ウチ(村上氏の影響下にある企業群)から4人入れて配当政策を決める」などと述べた。

 さらに同地裁によると、村上氏は、自らが当時保有していた12%のヨロズ株を買い取ってもらえるような「大きな自己株買い」をヨロズが実行するのであれば、「僕(村上)はOKを出しますから、(TOBや取締役の入れ替えを)撤回します」と発言したうえ、「御社は株主価値を上げるのか、村上の会社になるのか、はたまたMBOをするのか――三択です」と通告した、という。村上氏自身がヨロズに乗り込み、創業家出身の志藤会長らの面前で「村上の会社になるのか」とすごんだのだ。

 これらのやりとりは録音され、裁判所に証拠として提出されたのだろう。最近もLIXILグループのCEO職を解任された東大同級生の瀬戸欣哉氏に加勢するつもりなのか、同グループの潮田洋一郎会長に対して「あなたは破産する可能性がある」と警告したそうだが、村上氏は昔からこうした脅し文句をよく吐くのだ。

 村上氏に脅された志藤会長は、「村上さんは私との面談や電話で、ヨロズのグローバルな製品供給に関心を示すことはなかった」と振り返る。「レノの要求も検討しましたが、必要な研究開発投資を行っていくことが中長期の企業価値向上に資すると思います」と語る。

 このあとヨロズの株価が上昇したうえ、証券取引等監視委員会に株価操縦の疑いで村上氏が強制調査されたりしたため、村上氏側はヨロズの全株を売却し、いったんは矛を収めている。

記者会見を開き、買収防衛策の必要性を説明するヨロズの志藤昭彦会長=2019年5月9日、東京都中央区の東京証券取引所

 しかし、証取委の強制調査は竜頭蛇尾に終わり、昨年、刑事告発が見送られた。すると、村上氏は再び投資活動を本格化し、ヨロズの株も少しずつ買い集めるようになった。村上氏にとっては「やり残し感」があったのではないか。そこで冒頭の買収防衛策廃止の株主提案となる。

 村上氏は私の質問に対して、「買収防衛策は経営陣の保身であり、百害あって一利なしと考えています。株主総会で正々堂々と議論をすべきであり、株主総会での議案として受けいれないとのヨロズの対応は株主価値の向上に資さないと考えています」と電子メールで回答した。

 横浜地裁は村上氏の申し立てを却下した決定の中で、村上氏が12年以降、アコーディア・ゴルフ、黒田電気、三信電気,UKCホールディングスなど様々な会社の株を買い付けたうえで「経営者に圧力をかけ、買い付けた株の全部あるいは大半を高値で購入させ、転売益を得ている」と指摘している。

 村上氏はつい最近も影響下にある4社を通じて、飛行艇などを作る軍需産業でもある新明和工業の株式を23%も取得して筆頭株主になった。新明和は今年1月から2月にかけて自社株を1株1500円で2666万株を買い取る自社株TOBを実施し、それに村上系4社は応じて1881万株を新明和に売却し、280億円を手にしている。

 地裁はヨロズでも同じような展開になると推測し、「経営陣に様々な圧力をかけることによって、買い集めた大量の株式を短期間のうちにヨロズやその関係先に多額で売りつけて多額の利益を享受する」ことを目的としているとみなし、「その障害となる買収防衛策の廃止を企図している」と村上氏の意図を推測した。レノが抗告した東京高裁も、「原決定は結論において相当であり、本件抗告には理由がないから棄却する」と決定。村上氏の完敗である。

「系列の解体」で村上氏の土俵広がる

 裁判闘争では打ち勝ったものの、志藤会長の心はいまひとつ穏やかではない。

 日産が31%の株を持ち「日産の系列」でいられた時代は、

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