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トランプは自動車関税を上げられない

対メキシコ交渉や自動車関税引き上げ問題は、対中貿易戦争とは違う

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

2020年米大統領選に向けた立候補表明を終え、ガッツポーズするトランプ大統領=2019年6月18日、フロリダ州オーランド

 6月16日からワシントンを訪問し、アメリカ政府、連邦議会調査局、大学、シンクタンクにいる知人たちと、通商や農業を中心に、日米双方の政府や経済の置かれている状況の把握や分析を行い、これを踏まえてトランプ政権による自動車関税の引き上げの可能性、日米貿易交渉の行方等について、幅広く議論してきた。

 幸い私には、日本政府の一員としてWTO、OECD、APECでの通商交渉などに参加した経験やWTOやTPPなど自由貿易協定の知識もある程度あり、また、法律だけでなく経済的な分析もできるので、私がワシントンに行くと伝えると、彼らは喜んで会ってくれる。

 私がアメリカの状況を知りたいのと同様、彼らも日本の状況や私の現状分析などを知りたがるので、お互いギブアンドテイクの関係である。見返りもないのに、わざわざ貴重な時間を割いて日本人に会おうとはしない。私も同様である。

 特に今回は日米の貿易交渉が進展しているので、彼らからアメリカがこのような要求をしたら日本政府はどのように対応するだろうかという、交渉のシュミレーションをされるようなこともあった。単なる意見交換ではなく議論(ディベイト)をしているので、議論が発展していく過程で重要な事実や論点に気が付くこともある。

トランプ政権の通商政策変更

 私は「トランプ貿易政策の転換?~日本の交渉ポジションはより優位になった」(2019年5月24日付)で、トランプ政権が、鉄鋼やアルミニウムの関税引き上げを、カナダとメキシコに対しては停止したことと、安全保障への脅威を理由とする自動車関税引き上げの判断を180日延期したことに触れ、これをトランプ政権の通商政策の変更と評価した。

 その後6月に入り、通商面でまた大きな出来事が起こった。

 トランプはメキシコを経由したアメリカへの不法移民問題がなかなか解決しないことに業を煮やし、6月10日以降メキシコからの全ての輸入品に5%の制裁関税を課し、その後関税率を段階的に引き上げ10月に最大25%とする方針を示して、メキシコに問題解決の圧力をかけた。しかし、不法移民に対する新たな歯止め策にメキシコ側が同意したとして、7日、メキシコ製品への制裁関税の発動を無期限で見送ると発表した。

 本稿では、ワシントンでの友人たちとの議論を踏まえ、このメキシコについての動きは、先の小論で示したように、トランプ政権の貿易政策の転換を示すものであること、さらに、トランプ政権にとって、メキシコへの対応や自動車関税の引き上げと、中国に対する対応は異なることを示したい。

窮地のトランプ

 この議論を紹介する前に、この週にワシントンで起きた大きな出来事に触れたい。

 一つは、トランプが、ABCテレビのキャスターから受けた独占インタヴューで「外国政府から選挙での対立候補についての情報提供を受けたらどうするか」と質問された際、「内容を聞くと同時にFBIに通報する」と答えた問題だ。なぜ内容を聞くのか、ただちに通報しないのか、内容を聞くというのは2016年の大統領選挙のようにロシアなどの外国の選挙介入を容認するものではないか、という大きな批判を受けたのである。

 もう一つは、大統領選挙に関するトランプ陣営内部の世論調査が同じくABCテレビによってリークされ、担当者が解雇される事件に発展した。この調査によると、フロリダ、ウィスコンシン、ペンシルベニアなど、どちらに転ぶかわからないとされるスイングステイト(激戦州)で、トランプが民主党候補のバイデン元副大統領に対して10%前後の大差をつけられていた。これは、大統領選挙がトランプに対して厳しいものとなることを示している。

 このような状況を踏まえて、トランプは今後自動車関税の引き上げにどのような態度をとるのだろうか?

 これは日本の自動車業界についての関心事項というだけにとどまらない。この脅しによって開始させられた日米の貿易交渉も左右することになるからである。

ホワイトハウスで会談するトランプ米大統領(左)と中国の劉鶴副首相=2019年2月22日、ワシントン

中国には党派を超えた厳しい見方

 まず、中国に対するアメリカの対応についてみよう。

 中国に対して厳しい見方をしているのはトランプだけではない。他の問題についてはことごとくトランプと対立する民主党の院内総務のチャック・シューマーも、こと中国問題に対してはトランプに妥協するなと強く支援している。

 中国がアメリカの技術を盗んで覇権国家となろうとしているという主張には、党派を超えた支持がある。政権内部にも、通商製造業政策局長のナバロや通商代表のライトハイザーといった対中強硬派がいる。

 中国に関税引き上げという貿易戦争を仕掛けたのはトランプだが、これを契機として噴出したワシントンの反中国感情は、対中貿易赤字だけを問題視するトランプよりもはるかに根強いものがある。ペンス副大統領は、G20が開催される6月28日の3日前に中国に対して厳しい演説を行う予定だったが、トランプと習近平の会談がセットされたことから、これは中止された。

 ある専門家は、戦術(タクティクス)ではトランプが最もドラスティックだが、戦略(ストラテジー)ではトランプは最も柔軟だという表現を使った。中国がアメリカ産農産物の買い付け拡大を提案すれば、トランプは貿易赤字が改善するとして矛を収めるかもしれない。

 しかし、彼以外は、知的財産権の保護、産業補助金の削減、国有企業の改革など、構造的な問題まで解決すると約束しない限り、中国に対して厳しい対応をとり続けるだろう。他方で、これは中国共産党の体制的な問題とかかわるだけに、中国が譲歩するとは思えない。一部で交渉に進展があったとしても、関税の掛け合いが全くなくなることはないだろう。

 もちろん全面的に中国からの輸入品に関税をかければ消費者の負担は増加するが、アップルが問題提起をしているだけで、大きな反対とはなっていない。

「メキシコ」「自動車」と「中国」の違い

 では、メキシコへの関税賦課や自動車関税の引き上げについては、どうだろうか?

 まず、アメリカの貿易赤字を重視するトランプにとって、赤字相手上位国の中国、メキシコ、日本、ドイツは、程度の差こそあれ、どれもアメリカの職を不当に奪ってきた憎むべき国であり、違いはない。

 彼からすると、メキシコは貿易赤字だけでなく移民の流入によってもアメリカの職を奪っている。日本には80年代から90年代にかけて自動車を大量に輸出され、大幅な貿易赤字を被ったという被害者意識がある。ドイツにいたっては、トランプはもっと屈折した感情を持っている。彼が小さいころ、ニューヨークのマンハッタン地区の裕福な住民たちはベンツを運転し、彼が育った隣のクイーンズ地区の住民は、これを横目で見ながらフォードやGMを運転していたのである。

 しかし、トランプ以外の人にとって、メキシコや自動車関税の対象となる日本やドイツは、中国と異なり、アメリカの同盟国である。メキシコの場合には、対中強硬派の代表であるライトハイザーやトランプの娘婿で上級顧問のクシュナーが、アメリカの最大の貿易相手の一つであるメキシコに対して関税を引き上げたら、アメリカ、メキシコ両国に被害が及ぶと主張して反対したとウォール・ストリート・ジャーナル(6月11日付け)は伝えている。中国も同じく重要な貿易相手なのに、ライトハイザーたちから、このような反対は出ない。

米連邦議会で一般教書演説を行うトランプ大統領=2019年2月5日、ワシントン

自動車関税引き上げには超党派の反対

 もう一つは、「トランプ貿易政策の転換?」(2019年5月24日付)で述べたように、予算制定権と同様、関税や通商問題の権限は、本来議会の権限なのに、トランプが勝手に運用し、その権限を侵そうとしていることに対する党派を超えた議会の反発である。

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