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注目集める究極のモビリティサービス「MaaS」

まちづくりと一体化したサービスの展開に大きな期待

片山修 経済ジャーナリスト、経営評論家

 人口減、高齢化、交通渋滞、地方の過疎化など、日本は数多くの社会課題を抱えており、まさしく〝課題先進国〟だ。しかし、社会課題の山積は、逆の視点からみれば、それだけ新しいモノやサービスを生み出すイノベーションの機会を意味する。

 いま、社会課題を解決する手段として注目を集めているのが、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス=マース)である。

 鉄道、自動車、バス、タクシー、自転車など、あらゆる交通手段をシームレスにつなぎ、利用者が多様な選択肢の中から最適な交通手段の組み合わせを選び、ドア・ツー・ドアのスムーズな移動を可能にする究極のモビリティサービスを指す。利用者は、スマートフォンのアプリなどを使って、ルート検索から予約、決済までを完了できる仕組みだ。

 MaaSの先行事例は、北欧フィンランドのスタートアップであるMaaSグローバルが手掛ける「Whim(ウィム)」だ。スマホでウィムアプリを立ち上げ、行き先を選ぶと、現在地からの複数のルートが提案される。ルートを選択し、あらかじめ登録したクレジットカードで決済する。支払いはその都度払いのほか、定額のサブスクリプションモデルもある。例えば、月499ユーロ(約6万5000円)の定額プランは、ヘルシンキ市内の交通機関がほぼ乗り放題だ。

日本で先頭を走るトヨタ

モネ・テクノロジーズの宮川潤一社長(左)とサプライズで登場したトヨタ自動車の豊田章男社長=3月28日、東京都港区

 MaaSの取り組みは、日本でも進められている。先頭を走るのは、トヨタ自動車だ。

 「クルマをつくる会社からモビリティカンパニーへと変革することを決意した」

 トヨタ社長の豊田章男氏は、2018年1月、米ラスベガスで開催された「CES2018」のプレスカンファレンスの席上、高らかに宣言した。

 「CES2018」でお披露目したトヨタのMaaS専用次世代EV「eパレット・コンセプト」は、オフィス仕様、小売店仕様、配車サービス仕様など、車内に用途に応じた設備が搭載され、人が移動しなくても、サービスがやってくる未来が想定されている。例えば、料理をつくりながら移動し、出来立てを宅配するサービス、診察前検診を受けながら病院に向かうサービスなどだ。ちなみに、「eパレット」は現在、2020年東京オリンピック・パラリンピックを見据えて開発が進められている。

 「eパレット」が示すように、トヨタのMaaSの到達点は、次世代交通サービスの構築にとどまらない。さまざまな移動手段を土台にした、新たな町づくりを目指している。トヨタが、「CES2018」のモビリティカンパニー宣言以来、オープンに広く仲間を募りながら、移動に関するさまざまな活動を進めているのは、そのためだ。

 2018年10月には、ソフトバンクグループと共同で移動サービス事業を手掛ける「モネ・テクノロジーズ」を設立し、MaaS分野での連携を発表した。

 「これからのクルマは、情報によって町とつながり、人々の暮らしを支えるあらゆるサービスとつながることによって、社会システムの一部になると考えています」
と、豊田章男氏は共同記者会見の席上、述べた。

 先行する米国や中国、フィンランドのMaaSと比較して、トヨタの目指すゴールは異なる。

 米国や中国、フィンランドでは、ウーバーに代表されるようなシェアリングサービスがすでに日常に取り入れられている。スマホを使った決済も定着している。MaaS先進国は、新しい移動サービスを積極的に取り込み、移動の効率化を目指している。

官民連携でMaaSに取り組んでいる日本

 それに対して、〝日本版MaaS〟は、町づくりとの連携を強く意識している。政府の成長戦略「未来投資戦略2018」は、「まちづくりと公共交通の連携を推進しつつ、自動走行など新技術の活用、まちづくりと連携した効率的な輸送手段、買い物支援・見守りサービス、MaaSなどの施策連携により、利用者ニーズに即した新しいモビリティサービスのモデル都市、地域をつくる」と、提言している。

 また、フィンランドのMaaSグローバルが行政主導型、ロサンゼルスが自治体主導型、中国が国家主導型なのに対して、日本版MaaSは、政府や行政のリーダーシップはあるものの、官民連携でMaaSに取り組んでいる点が大きな相違点である。自動車メーカーやバス会社、鉄道会社などのほか、小売り、物流、医療、エンタテインメント、金融、保険、飲食、旅行、不動産、教育など、さまざまな業種の事業者がMaaSに関心を示している例は、日本以外にないといっていい。

 「モネ・テクノロジーズ」は3月28日、「モネ・コンソーシアム」を設立し、ホンダ、日野自動車と業務提携した。このほか、「モネ・コンソーシアム」には、JR東日本、東急電鉄、サントリーホールディングス、三菱地所、三井不動産、ヤマト運輸、東京海上日動など88社が参加している。

 3月28日の「モネ・サミット」には、豊田章男氏がサプライズゲストとして登壇し、「ホンダと日野自動車も加わり、非常にオープンな形で第一歩が踏み出せたんじゃないかなと思います」と、述べた。

 「モネ・テクノロジーズ」には6月28日、マツダ、スズキ、SUBARU、ダイハツ工業、いすゞ自動車も出資する方針を固めた。

 オールジャパンのコンソーシアムが編成されたことの意味は小さくない。何よりも、各企業はそれぞれの分野における日本の課題を知り尽くしている。町づくりと連携したMaaSの取り組みにあたっての強力な武器といっていい。加えて、日本の道路事情、日本の法制度やビジネスにも精通している。

 「モネ・コンソーシアム」は、オールジャパンで日本発の「モネ・プラットフォーム」をつくり、移動データ、ルート検索ログ、車両ログ(走行記録)などのデータを集約する計画だ。

 「最終目標は、日本で走っているすべてのクルマのログが一つのプラットフォームに集まることです」
と、ソフトバンク副社長でモネ・テクノロジーズ社長の宮川潤一氏は、「モネ・サミット」で語った。

新たなサービスで町の景色が大きく変わる

 「モネ・プラットフォーム」に移動に関するビッグデータが収集されれば、モビリティの安全性と効率性は向上する。交通の高度化だけでなく、これまで予想もしていなかった新たなサービスの誕生も期待できる。

 新たなサービスによって、人々の生活スタイルが変われば、町の景色は大きく変わるだろう。MaaSがもたらすのは、移動の利便性だけではないのだ。

新たな価値をつくる

 「モネ」のMaaS戦略の狙いは、三つある。一つめは、車両データと外部データを融合して、新たな価値をつくることだ。

 「クルマの停止時間がやたらと長い横断歩道があるとします。なぜ、いつもクルマがここで止まるのか。シニアの人が渡っているのではないか、近くに学校があるのではないかというデータ予測をします。そして、自動運転社会になったときには、その時間帯のクルマのルーティンを外すといったことをやっていきたい」
と、「モネ・サミット」の席上、宮川氏は述べた。

ニーズに寄り添ったモビリティサービス

 二つめは、利用者を理解し、ニーズに寄り添ったモビリティサービスを提供することだ。

 例えば、病院の診療予約と送迎予約がパッケージになっている場合、車椅子介助が必要だという個人データがあれば、補助員を乗せたクルマで迎えにいくことができるだろう。移動サービスの提供側にもメリットがある。病院まで一刻も早く行きたい人、定期検診なので予約時間通りに到着したい人など、利用ニーズを踏まえて配車の優先順位や巡回ルートを最適化することができる。

自治体が持つデータとの連携

 個人に寄り添う移動サービスの提供に欠かせないのは、自治体が持つデータとの連携である。幸い、国民皆保険の日本には、医療や介護に関する質の良いデータがある。これらデータの活用によって、個人に適した移動サービスのほか、医療や介護の効率化が可能になる。ちなみに、自治体との連携による新たなモビリティサービスの創造は、「モネ」のMaaS戦略の3つめの狙いである。

 「これまで150の自治体さんから、移動に関わる〝お困りごと〟を直接、お聞きしてきました」
と、「モネ・テクノロジーズ」副社長兼COO、トヨタコネクティッドカンパニーMaaS事業部主査の柴尾嘉秀氏はいう。

 実際、地方自治体は、高齢者対応、バスドライバーの不足、インバウンド(訪日客)の移動など、多くの〝お困りごと〟に直面しているが、それらは、MaaSを通じて解決できるものが少なくない。

 「モネ・テクノロジーズ」は、すでに17の自治体と連携している。そのうちの一つ、豊田市とは「モネ」のプラットフォームを活用したオンデマンドバス「おばら桜バス」の実証実験を2019年2月27日に開始した。

 豊田市は、面積が大きく、7割が森林という中山間地域だ。高齢化、人口減が進み、高齢者の移動が課題となっている。実証実験は、豊田市小原地区に住む一部の人にバスの乗客として参加してもらい、オンデマンドバスの運用方法や利便性を検証する。

 このほか、長野県伊那市とは、移動診察車の実証実験を19年秋にスタートさせる予定だ。伊那市は、山間部の過疎地域も多く、医師不足が深刻だ。伊那中央病院など地域の医療機関は、

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