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佐藤みずほFG会長一押しのホーキング博士の言葉

「圧倒的な楽観主義」が不確実で不透明な時代を生きる私達にも必要な資質だ

諏訪和仁 朝日新聞記者

佐藤 康博(さとう・やすひろ) みずほフィナンシャルグループ会長

1952年生まれ。東京大学経済学部を卒業して、1976年に日本興業銀行に入り、その後継となるみずほコーポレート銀行で、2002年に国際企画部長、2003年に執行役員インターナショナルバンキングユニットシニアコーポレートオフィサーなどをへて、2007年に取締役副頭取内部監査統括役員、2009年に取締役頭取、みずほフィナンシャルグループ取締役。2011年にみずほ銀行取締役、みずほフィナンシャルグループ取締役社長(グループCEO)となり、2013年にみずほ銀行とみずほコーポレート銀行が合併した「みずほ銀行」の取締役頭取。2014年にみずほフィナンシャルグループ取締役兼執行役社長(グループCEO)、2018年から取締役会長。

 「ビッグ・クエスチョン<人類の難問>に答えよう」は、車椅子の科学者で有名なイギリスの物理学者スティーブン・ホーキング博士の著書です。

 著者の名前を聞いただけでこの本が“ビッグバン”や“ブラックホール”にかかわる難しい物理学の本ではないか、と思う人も多いかも知れません。

 確かに難解な宇宙論に関する記述もありますが、この本にはそうした博士の専門的な研究内容だけでなく、彼がその奇跡の人生を通じて我々に伝えたかった事が集約されています。

 私が博士の著書を読むようになったのには二つの理由があります。

 ひとつは若い頃から「時間」や「空間」について強い関心があった事です。

 きっかけは子供時代に「太陽から地球に光が届くのには約7分30秒かかる」と言う事を知った事でした。

私達は常に7分30秒前の過去の太陽の姿を見ている事になる。
光が速度を持っている以上、どのような距離を進む場合でも必ず時間がかかる。
それならば自分と物理的に距離があるものは全て過去のものであり、自分が見ている世界は全てが過去の集合体ではないのか?
そうであるならば、結局私達はそれぞれがたった一人の孤独な存在なのではないのか?

 私はそんな発想に取り付かれた時期が長く続きました。

 「時間や空間」に関心を持つ様になった私が相対性理論や宇宙の成り立ちなどのテーマに魅かれ博士の本も手に取るようになったわけです。

圧倒的な楽観主義

 私が博士の著書を読むようになった二つ目の理由は、一人の人間としてのホーキング博士への強い興味です。

 皆さんご存知の通り、博士は21歳の時に不治の病ALS(筋萎縮性硬化症)を発症し、余命数年と宣告されます。

 日増しに動かなくなる自らの肉体と、迫り来る「死」を意識しながら博士は奇跡的に76歳まで生き続け、次々と大きな研究成果を発表し続けました。

 大きなハンディキャップを背負わされた自らの人生を、その運命を、博士がどの様な思いで前向きに歩み続けたのか、それを知りたい、と言う気持ちが、博士の著書を手に取る様になった二つ目の理由です。

スティーブン・ホーキング博士=2001年11月16日
 次に私がこの「ビッグ・クエスチョン」を読んで改めて印象深く感じた点について触れたいと思います。それは冒頭にお話しした、この本を通じて博士が私達に伝えたかった内容でもあります。

 博士は「現代社会は人類の未来を危うくするいくつかの課題に直面している。その中でも“資源の枯渇(人口爆発と大飢餓)”“異常気象”“核戦争”“小惑星の衝突”、そして“A.I.のアンコントローラブルな進化”は特に留意すべきリスクである」と記しています。

 A.I.に関する懸念では、大ベストセラーになった「ホモ・デウス」で著者のハラリ氏が警鐘を鳴らした「進化したA.I.を自ら生み出すA.I.の誕生の可能性」と同じ危機感を語っています。歴史学者と物理学者、全く違うジャンルの第一人者がA.I.の進化について同じ考察をしている点は極めて興味深いですね。

 博士は「今後人類はA.I.をどう活用するのか、を考えるとともに、A.I.を本当に制御出来るのか、と言う懸念に真剣に立ち向かわなければならない」と明言しています。

 こうした人類の未来への大きな危機感をベースに、博士は私達にこう訴えかけています。

・科学の全(あら)ゆる分野で私達は重要な発見の戸口に立っている。これから50年のうちにこの世界が大きく変化するであろうことに疑問の余地はない。
・科学の試みと技術革新によって、地球上の問題の解決に努めながら、広大な宇宙に目を向けなければならない。
・大切なのは諦めないことだ。創造力を解き放とう、より良い未来を造って行こう。
・人はみな未来に向かってともに旅するタイムトラベラーだ。私達が向かう未来を、誰も行きたいと思う未来にするために力を合わせようではないか。
・勇気を持とう。知りたがりになろう。確固たる意思を持とう。そして困難を乗り越えて欲しい。それは出来ることなのだから。

 これが博士から我々へのメッセージです。

 自らは難病のALSに犯されながらも、科学という武器を手にして「人類はその未来をより良いものに出来るはずだ」と言う確信には、博士自身の人生観が色濃く反映されている様に感じます。その過酷な境遇に屈する事なく、明るく勇敢に生き抜いた博士の強い意志を示すように、この本は「私は限界を信じない」と言う博士の言葉で結ばれています。

 それは自らの置かれた状況を肯定的に捉え、科学の進歩を信じて止まない「圧倒的な楽観主義」です。この知的楽観主義は博士の大きな人間的魅力ですが、現代の様な不確実で不透明な時代を生きる私達にも必要な資質ではないか、と思います。

 「科学の力で地球規模の課題を解決する」。これは現在経団連が掲げる基本方針である

「Society 5.0」と同じ考え方です。

 特に少子高齢化やエネルギー問題を初めとした課題先進国日本にとって、問題点の指摘や悲観論に終始することなく、博士に言う様に、科学的分析と技術進歩の力で課題を乗り越え、より良い未来を切り開いていくのだ、と言う確固たる意思を持つ事が、日本の将来にとって、ひいては世界に持続的発展にとって極めて重要なのだと思います。

 こうした未来への圧倒的楽観主義によって、人類が直面する様々な課題を乗り越えていける可能性を信じたホーキング博士は昨年なくなりましたが、今年になってからブラックホールの撮影が初めて実現しました。博士は、ブラックホールは全てを吸収するだけでなく一部を吐き出している、と言う説を主張していましたが、その主張はこの撮影によって実証されました。

 その撮影は、世界中の科学者が地球規模で協力して、地球全体を一つの巨大な望遠鏡に仕立てる事によって実現されました。地球を人類共通の棲家と考えていた博士に、世界中が想いを一つにして達成されたブラックホールの実写を見て頂けなかったことはとても残念なことです。

庄司薫、村上春樹、浅田次郎、大崎善生…

 最後に、この本を離れて、私個人にとっての「本を読む」と言う事の意味についてお話ししたいと思います。

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