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リブラの真の敵は米ドルではなくデジタル人民元だ

米欧の反対強くてもデジタル通貨の潮流は変わらない

木代泰之 経済・科学ジャーナリスト

仮想通貨リブラのロゴマーク=リブラ協会のHPより

 フェイスブック(FB)が計画する仮想通貨「リブラ」が、世界中で熱い論争を呼び起こしている。ビットコインのような投機で乱高下する仮想通貨と異なり、世界の主要通貨に価値をリンクさせて安定した仮想通貨を目指すという。

 リブラは、スマホ一つあれば国境を超えて決済や送金ができる。低コストなので、27億人の利用者がいるFBを通じて世界中に普及する可能性がある。とくに自国通貨が不安定な途上国では、銀行口座やクレジットカードを持たない金融弱者にとって極めて便利な通貨になる。

難点はFBのルーズな管理体制、利益独占にも反対論

 FBが6月にリブラの計画を発表すると、米下院金融サービス委員会は直ちに反対声明を出した。「既存の金融システムに打撃を与え、不安定にする」という。

 リブラが普及すれば、銀行業界は中抜きされて収益減は避けられない。途上国の中央銀行が手にしている通貨発行益の一部はリブラに移行する。ドル基軸体制や米国の支配力が弱まることを警戒している。

 米議会は昨年来、GAFA(グーグル、アップル、FB、アマゾン)の市場独占に圧力を強めている。FBがこれ以上世界のお金を独占するのを許していいのかという反発が強い。

 FBは数千万人規模の深刻な個人情報流出事故を2度も起こすなど、ルーズな管理体制が問題になっている。「これではリブラがマネーロンダリングやテロ組織に悪用されるのを防げない」という声も出ている。

 フランスやドイツ政府もリブラに慎重で、欧州中央銀行(ECB)は「仮想通貨の規制のハードルを高くする」と表明している。

カーニー・イングランド銀行総裁の前向き発言で状況に変化

 こうした逆風で計画はとん挫確実と見られていた8月下旬、米ワイオミング州のジャクソンホールで開かれた金融関係者による恒例の国際会議で、マーク・カーニー英イングランド銀行総裁が「多極化した世界にはドル基軸に代わる新たな金融通貨制度が必要であり、その候補として最も目立つのはリブラだ」と講演したのである。

イングランド銀行のマーク・カーニー総裁=同行HPより

 リブラは、これで再浮上した。カーニー総裁の理屈はおよそ次のようなものだ。

 「今の世界の基軸通貨体制と金融システムは米ドルに依存しすぎている。基軸通貨の価値がその時々のアメリカ経済の状況に応じて大きく変動する。各国の経済政策は米国に合わせざるを得ず、金融システムは不安定だ」と、米ドル依存の弊害を指摘した。

 そのうえで、「米経済に価値を左右される米ドルよりも、仮想通貨や電子決済のようなテクノロジーによってもたらされる人工的な基軸通貨のほうが良い」と述べ、リブラへの期待を示した。世界経済の土台である基軸通貨を、現物から仮想通貨に取り換えようという大胆な提言だ。

ビットコインの失敗に学んだリブラの仕組み

 リブラとはどのような特徴を持つのだろうか。現時点ではおよそ以下の点が明らかになっている。

リブラ協会を構成する29社の企業群=リブラ協会のHPより

 リブラは米ドルやユーロ、円などの主要通貨で構成する通貨バスケットにリンクしている。我々がドルなどでリブラを買うと、そのお金は準備高(リザーブ)の中に入り、国債や金などで運用される。これが価値の裏付けとなり、リブラは安定した通貨になる。

 これが、ビットコインなど裏付けのない仮想通貨と最も異なる点だ。ビットコインが投機の対象とされて乱高下を繰り返した失敗に学んでいる。

 リブラを運営するのは、FB子会社の「キャリブラ」を中心に、VISAカード、マスターカード、ペイパル、ウーバーなどのカード会社や大手IT企業29社が参加する「リブラ協会」(本部スイス)である。既存の金融システムを担っている民間銀行は当然、1行も入っていない。

 リブラの管理方式はブロックチェーン(分散型台帳技術)である。中央管理者を置かず、利用者同士が取引情報を共有するシステムだ。相互に監視するので不正取引や改ざんが困難になる。システムダウンに強く、運用コストは安い。

 リブラを買う人は、政府発行のID(マイナンバーカードなど)で本人確認する。リブラ協会は「マネーロンダリングなど怪しい取引は追跡・排除される」と言う。

銀行経由に比べ、格段に安い国際送金の手数料

 手数料が安くて価値が安定したリブラは先進国・途上国の別なく、主要通貨より広範に使われる可能性がある。いま国境を超える送金手数料は世界平均で約7%、しかも日数がかかるが、リブラなら極めて安く瞬時にできる。

 筆者は3年前、スペインの企業から約50ユーロの送金を受けた際の苦い経験を思い出す。スペインの銀行経由で筆者の銀行口座に振り込まれた金額(日本円)は、なんと50ユーロの7割にも満たなかった。50ユーロの中から送金手数料、中継銀行手数料、受取銀行手数料、為替手数料などが差し引かれたからである。

 既成の金融システムの利権構造を見た思いがしたが、もしリブラで送受金できていれば、50ユーロに近い金額を受けとれたはずだ。この欠点を知るECBは、リブラへの規制と同時に決済システムの改善を銀行に要求した。

成長しない資本主義への懐疑がリブラに追い風

 しかし、リブラへの期待が生まれる背景は必ずしも手数料の安さだけではなさそうだ。

 世界は今、米中対立、自国第一主義、保護貿易、ブレグジット、地域紛争の頻発など不協和音に満ちている。主要国の多くは低成長・マイナス金利・低インフレに陥り、ドル基軸の下でG7や中央銀行が運営する世界経済への不安感が広がる。

 これは一時的な現象なのか、不可逆的な変化なのか。成長しない資本主義への懐疑が生まれ、そこにデジタル時代のイノベーションとして、リブラが期待される理由がある。

 ビットコインを放置している金融当局がリブラに敵意すら見せるのは、リブラの構想が破壊力を持っているからである。仮にリブラが実現しなくても、第2、第3の同種の仮想通貨が出てくるだろう。

リブラはデジタル人民元に対抗する通貨になる?

 一方、中国も同じような理由で「デジタル人民元」の発行を計画している。中国はビットコインが登場したころからデジタル通貨を研究していた。

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