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命を守り、経済を守るために採るべき政策とは

統計的な「生命価値」が指し示すコロナ対策

馬奈木俊介 九州大学主幹教授・都市研究センター長

人影がまばらな新宿・歌舞伎町の繁華街。奥の大型ビジョンには、外出自粛などを呼びかける東京都の小池百合子知事が映し出されていた=2020年4月10日午後7時58分人影がまばらな新宿・歌舞伎町の繁華街。奥の大型ビジョンには、外出自粛などを呼びかける東京都の小池百合子知事が映し出されていた=2020年4月10日午後7時58分

 感染症拡大の恐れ(医療対策)と景気悪化の恐れ(経済対策)、どちらを優先するかで日本政府は揺れている。

 人を守ることがすべてだと言い、自粛のみを続けたら景気は後退し続け、経済がダメになる。結果的に税収が減り、社会保障制度を支えることが難しくなり、多くの国民の命が失われる。

 逆に、経済のみ大事にして自粛を完全に止めると、感染者は増加し続け、感染爆発(パンデミック)となり得て死者が一気に増加しうる。経済の犠牲と、生命の犠牲の板挟みである。

 この解決には、命の価値をどう経済に位置付けるかが決定的な意味を持つ。

「見えやすい」景気悪化に焦点があたって

 通常、感染者ゼロに向けた経済活動の制約は、当初は感染の恐怖もあるために、多くの人の賛同を得られる。しかし制約が長期に及べば不満が出るため、また活動を開始し、感染者が増えてしまう。結局、このままでは抗ウイルス薬やワクチンが開発され利用できるまで、活動制約と感染者増加を繰り返すことになる。

 今回、国内では1月16日に初めて新型コロナ感染者が出た。そして、その後も増え続け、3月27日には1日の感染者数が100人を超えるようになった。当初、厚生労働省は、通常の生活をしている人が感染する可能性は低いと判断していた。この段階では、既存のインフルエンザといった過去の感染症の経験しか無いために、このウイルスの対策が分かる術はなかった。

 いまでは毎日のように、新型コロナについて新たな研究発表がされており、この感染症の特性と対策が分かるようになってきた。しかし1、2月の時点ではあまり科学的に理解がされていなかった。地震といった災害には経験が豊富な日本も、ここまで大きな問題になる感染症対策の経験がなかったために、政策が後手にまわってしまった。

 その後に、外国からの渡航者の制限、外出禁止など人の移動を制限する都市封鎖(ロックダウン)の議論がされるようになった。渡航者や経済活動に制約をかける場合、景気悪化につながるために、景気悪化というマイナス部分のみに焦点があたった。どこまで封じ込めればよいか分からなかったから、見えやすい経済活動の停滞を気にしてしまったのである。

「マイナスを小さく」という発想

 3600万人の首都圏まで含めて、外出を禁止すればその影響は甚大である。1カ月の封鎖実行で、5兆円から9兆円弱(日本の国内総生産〈GDP〉1年分の1.4%)の損失との推計もある。

 これは、例えば3300万の観光客を予想している東京オリンピックがもしキャンセルとなったのであれば、損失はGDPの1.4%、延期であれば0.9%との推計もあることを考えると、経済活動の制約の大きな影響がわかる。

 更に4月になり、多くの調査機関で移動制限などに伴う景気悪化の損失が計算されている。多くの機関は世界で、約100兆円以上の景気悪化との推計を出し、また国際通貨基金(IMF)は500兆円と算出している。これらは世界のGDPの1~5%強に相当する。

 このようにマイナス分が中心に語られれば、いかにマイナス分を小さくしようか、つまり結果的に制約はほどほどにしようといった議論になり、効果のあまりない制約になってしまう。そのために感染者が増え続けるので、事後的に制約の対象範囲を増やしていくことに、今回はなってしまった。

一時、1万6300円台に下落した日経平均株価=2020年3月17日午前9時8分、東京都港区一時、1万6300円台に下落した日経平均株価=2020年3月17日午前9時8分、東京都港区

守れる「生命の価値」、日本では567兆円

 ここで発想を変えて、人の命の価値を守ることの意味を考えよう。

 統計学を用い、生命の価値を推計する研究分野がある。人は教育されて働くことで価値を社会に還元できる。そしてその価値ある命を前提に、死亡率を下げるために、いくら支出する意思があるかをもとに計測

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