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日本米の輸出は極めて有望だ

「日本の米はおいしいのになぜ輸出しないのか」「減反で米価が高いから輸出できない」

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 『農業利権プレーヤーが煽る「食料危機」論に惑わされないための穀物貿易の基礎知識』に続き、農産物貿易の実際についての重要な事実を説明したい。

 農業に関係している人たちは、米の内外価格差は極めて大きいので、関税が必要であるうえ、輸出なんてとても無理ではないかと主張する。

 私が教えている東京大学公共政策大学院でも同様な趣旨の質問を学生から受けた。これは、農業界だけではなく一般的な通念となっているようだ。

 果たしてそうだろうか?

農産物の貿易も工業と変わらない

 この主張に答える前に、まず、最近の農産物貿易についての特徴を述べよう。

 現実の世界貿易は、途上国が農産物を輸出して先進国が工業製品を輸出する、あるいは、土地の広いアメリカが農産物を輸出して日本は工業製品を輸出する、といったたぐいの固定観念とは異なっている。小麦やトウモロコシなどの穀物や大豆については、先進国が輸出し、途上国が輸入しているという事実とその理由を説明した。しかし、このパターンは、これ以外の農産物には必ずしも当てはまらない。

 リカードが「イギリスが毛織物、ポルトガルがワインを輸出するのはなぜか」という例を取り上げたように、伝統的な国際経済学は国際間で異なる産業の産品が互いに輸出されるという枠組みで構成されてきた。

 これは生産技術の違いや土地、労働や資本などの生産要素の賦存量が各国で違うという生産面に着目したものだった。各国で消費、嗜好に違いがあることは捨象し、嗜好は各国で同一だという前提条件を置いて議論してきた。

 しかし、内外では嗜好が違うこともある。日本では長すぎて評価されない長いもが、長いほど滋養強壮剤として好ましいと考えられている台湾へ輸出され、高値で取引きされている。

 また、日本では評価の高い大玉はイギリスへ輸出しても評価されず、苦し紛れに日本では評価の低い小玉を送ったところ、やればできるではないかと高く評価されたリンゴ生産者もいる。欧米では、リンゴはサンドイッチと一緒にカバンに入れてランチで食べるという習慣があり、小玉の方が好まれるためだ。

Christin Klose/Shutterstock.com

 これは経営的にも示唆に富む。自然相手の農業では、大玉も小玉もできてしまう。大玉ばかり、小玉ばかり、作るわけにはいかない。しかし、大玉は日本で、小玉はイギリスで販売すれば、売上高を多くすることが可能となる。

農産物についても“産業内貿易”が進展

 それだけではない。実際には、同じ産業の中で、異なる品質の商品が、相互に輸出されたり、輸入されたりしている。同じ国でも人それぞれ嗜好は異なり、異なる品質の商品を需要するからだ。自動車についても、我が国はベンツ、ルノーやフォードなどを輸入しながら、トヨタ、ニッサン、ホンダなどを輸出している。

 伝統的な国際経済学では、この現象を説明できない。これに着目して、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンは、1979年新しい貿易理論を提示した。

 農産物についても同様である。ワインについては、フランス、アメリカ、オーストラリアなどは、互いにワインを輸出し合っている。アメリカの酒屋に行くと、自国だけではなく、ヨーロッパ、南米、オセアニア、南アフリカなどからのワインが並んでいる。消費者が様々な品質やブランドのものを要求するからである。

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