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「最善は変わり続ける」ことを前提にして対策を考えることが重要

データサイエンスの宮田裕章・慶応義塾大学医学部教授に聞く

岩崎賢一 朝日新聞社 メディアデザインセンター エディター兼プランナー

 「最善は変わり続ける」ことを前提にして対策を考えることが重要です――。

 こう警鐘を鳴らすのは、慶應義塾大学医学部の宮田裕章教授(医療政策・管理学)です。1年前、スマートフォンのアプリを使って新型コロナウイルス感染症のパーソナルサポートと「隠れクラスター」発見に取り組んでいました。その後、ビッグデータをどのように新型コロナ対策に活用しているのか、効果的な対策を打つために必要な未来予測について聞きました。

新型コロナ・キーパーソンに聞く・宮田教授水際でインド型変異株などの流入を食い止めようと検疫が実施されている=2021年5月23日、成田空港

仮説で始まった対策をデータ収集で素早く検証し、改善へ

――1年前に行われた「LINE」の協力を得たプロジェクトでの「隠れクラスター発見」など、ITを活用した取り組みはその後どのように深化してきていますか?

 LINE調査は、都道府県版と全国版の二つの調査がありました。都道府県については、情報が錯綜(さくそう)している中で、誰がどれぐらいの感染の可能性があるかわからない状態でした。持病を持っていたり、高齢者だったり、妊娠をしていたり、状況によって気をつけることが違いました。そのため、個個人に情報を届けながら事態を把握するのが目的でした。

 「アンケートで実態がわかるのか」という批判もありますが、行政機関の持つ感染者のデータと付き合わせると、かなりの精度で予測できることがわかりました。1年経過した今、抗体検査の結果を結びつけてみていますが、やはり普通に抗体検査を受ける人より、LINE調査のときに症状があった人の方が、10倍ぐらいの確率でコロナ感染者であったことがわかりました。こういうことから、1年前の都道府県版での調査は意義があったと確認できています。

 この都道府県版での調査に基づいて行われたのが全国版での調査です。8300万人を対象に調査をして2500万人以上から回答を得ました。当時、「三密」の仮説は、ダイヤモンド・プリンセス号の感染データから導き出されていましたが、広く実証はされていませんでした。2500万人のデータから、テレワークができている働き方や専業主婦(夫)は、ハイリスクなエリアでも症状がある人の割合は変わりませんでした。一方で、当時感染対策が行われていなかった飲食や営業の仕事をしている人々は、リスクが3~5倍高いこともわかりました。

 このようなデータなどがあり、「第3波」においても日本はマスクを外して会話を行う場所を中心とした対策で何とか感染者数を下げることができました。現在は「第4波」ですが、こういった様々なデータの存在で全面ロックダウンという海外とは異なる施策がとれた部分があったのかもしれません。

新型コロナ・キーパーソンに聞く・宮田教授福岡・天神の街中を行き交う人たち=2021年5月28日午後0時40分、福岡市中央区

――他に調査でわかったことはありましたか?

 苦しんでいる人たちに寄り添うことができないと、その国の未来がないと思います。全国版で行った5回の調査のうち、4回目の調査は昨年5月ごろ。経済的な痛みに関して調べました。当時、大企業は内部留保など一定の備えがあるが、中小企業はそれが薄いとみられていました。調査結果をみてみると、大企業と中小企業という区分だけでなく、業種による影響がすごく強いことがあきらかでした。特に観光や飲食、レジャーに関わる人たちが厳しい状況にあることがわかりました。

 新型コロナによる影響には、「経済的な痛み」も含まれます。対策を打つ際には、補償もセットで考えられるべきです。また、大学生が苦しい立場に置かれていることも明らかになりました。すべての問題が解決されているわけではありませんが、問題を明らかにしながら社会で考えていくことは重要です。

未来に備えながら今の対策をなるべく早く打つ

――全国調査5回のうち、4回目以外について教えて下さい。また、現在は他のビッグデータの分析もされているのでしょうか?

 1~3回目を昨年4月の緊急事態宣言下に実施しました。5回目が昨年夏の「第2波」といわれたときの実態把握でした。それ以降は、Google(グーグル)やyahoo(ヤフー)などと連携しながら、多角的なデータを取得して分析しています。

 グーグル・コロナ予測(https://cloud.google.com/blog/ja/products/ai-machine-learning/google-and-harvard-improve-covid-19-forecasts)を昨年11月中旬に始めました。現場では、感染拡大防止対策をしてから2週間が経たないと感染者数の変動といった結果が出てこないという課題がありました。2週間後の結果をみてから対策の効果について評価しても、どんどん後手に回ってしまいます。

 実際には、対策を打った瞬間から、人流などに効果があらわれてきます。それをつかめば、1週間後、2週間後の予測ができます。そうした予測を参考に、できるだけ効果的にブレーキを踏むなどの対策を行い、人々の注意喚起をサポートすることが、グーグル・コロナ予測の一つの目的です。

 未来に備えながら、今できる対策をなるべく早く打っていくことが、データによる予測の効果です。

 今、検討していることは、ワクチンの接種がどれくらいの効果を上げていくのかといった観点からの収束予測です。これについては色々な分析があります。世界中のデータと付き合わせていくと、人口だけでなく、人口密度やエリアによって変わってくることがわかります。だいたい1回目の接種をした人たちが、人口の40%から50数%に達すると、対策をそれなりに緩めても感染のスピードが落ちていくことがわかってきています。対策をいつ緩和できるかが予測できれば、未来の見通しを立てることができます。

新型コロナ・キーパーソンに聞く・宮田教授福岡赤十字病院にはこの日も患者が救急搬送された=2021年5月26日、福岡市南区

――このような大学の研究室で行っている現在の調査・研究は、論文だけでなく、政策現場にもいかされているのですか?

 論文にすることは、第三者の評価を得るという意味で、とても大切なことです。行政機関に近い一部の人たちの中には、「個人の業績にするのか」といった批判をする人がいますが、それは間違いです。

 独りよがりの間違った分析をしないためには、透明性のある第三者のチェックを受けることが必要です。また、プロセスを公表しなくてはいけないので、判断が間違っていたときには、それを公表したうえで先に進むことができます。プロセスがブラックボックスだと一歩も進めません。何が悪いのかわからないからです。

 グーグルと行っているプロジェクトのポリシーは、できるだけ多くの情報を共有していくということなので、オープンデータとして人流データを公表したうえで、予測結果も一部の人たちだけではなく、世間にも広く公表しています。もちろん、予測はすべてが正しいというわけではなく、データの限界や、不確定事項の存在で、予測が歪むこともあります。その批判も含めて対応し、改善していくことが重要です。

まだ見えないゴールライン

――日本の新型コロナ対策のゴールラインやロードマップ、現在地について、どう考えていますか?

 ゴールラインは、正直なところまだ明確に確定していないでしょう。

 現在の「第4波」では、変異株の一つのアルファ株(イギリス株)のウイルスが中心になって感染が広がっています。しかし、すでにデルタ株(インド株)も国内に入ってきています。感染力は従来型の1.7倍以上ということなので、今後も新しい変異株による流行が起こる可能性があります。

 接種が進むワクチンが効かない変異株が出てくる可能性も、少なからずあります。これまで検疫は、国内にウイルスが侵入するのを遅らせることが主たる役割でしたが、今後は検疫を厳しくすることで、ウイルスを入れないという戦略も視野に入れる必要があるでしょう。

 ヨーロッパやアメリカは、陸路で他国と接している大陸なので、検疫によるコントロールはかなり限定的に考えています。一方で、台湾やニュージーランド、シンガポール、中国、韓国のように検疫を強化することで変異株の侵入をシャットアウトすることにチャレンジすることも重要なアプローチでしょう。

新型コロナ・キーパーソンに聞く・宮田教授面会する武田良太総務相(右)と日本医師会長の中川俊男会長ら。武田氏が中川氏らを訪ねる形で協力を要請した=2021年4月30日、東京都文京区の日本医師会館

――逆に水際対策が重要になるということですか?

 海外から変異株のウイルスが入ってこないという仮定に立てば、ワクチン接種を進めることで、今年のどこかのタイミングで国内の感染は相当抑え込められると思います。

 日本人の場合、「接種したい」という人は5割いて、「よくわからない」という人も多くの人たちが接種にポジティブです。「ワクチンを打ちたくない」という人に無理やり打たせる必要はなく、「接種したい」という人と接種にポジティブな人が打っていけば、7割の接種率も不可能ではないと思います。ここで現在流行している新型コロナウイルスの感染者数はいったんは小康状態になるでしょう。

 恐らくアメリカなどは国境を開け、現在のワクチンが効かない変異株がでてきても、改良ワクチンを作って打っていけばいいという「ノーガード作戦」でやっていくのでしょう。ヨーロッパもこのような方向に行く可能性があります。この戦略の課題は、改良ワクチンの供給体制とスピードが後手に回った場合に、感染拡大のリスクを伴っていることです。

 日本は島国の強みをいかして、小康状態に持って行ったときに感染者数を大幅に減らし、現在のワクチンが効かない変異株がでてきても、国内に入れないような対策をとるというシナリオもあります。検疫では、変異株が入らないように、入ったとしても経路追跡ができるように、早めに抑えられる作戦をとるということです。

 もう一つのシナリオは、アメリカのような改良ワクチン頼みの対策です。しかしながら新型コロナ対策においては、いま話しているシナリオや対策も、数カ月後には新しいウイルスの発生や、技術革新により時代遅れになってしまう可能性があります。重要なのは、データで現状を把握しながら、最善の対策にアップデートし続けることです。

ワクチン接種・予防・検疫の三つの組み合わせを柔軟に

――対策を考えるうえで、指標は変わるものなのですね。

 ちょうど1年前に世界中で支持されていた戦略は、ドイツの経済研究所と医学研究所が合同でつくった「実効再生産数0.75モデル」でした。ある程度の感染を許容しても、医療現場が逼迫(ひっぱく)しなければ大丈夫という考え方に立つものでした。

 しかし、アルファ株という変異ウイルスは感染拡大のスピードが速く、「実効再生産数」のコントロールは多くの国で制御困難になり破綻(はたん)してしまいました。つまり、0.75で制御できないということがわかったわけです。変異株登場後の最善手として考えられていたものが、検疫をとにかく厳しくするというという対策です。

 台湾での感染拡大は、隔離の期間を2週間から6日間、さらに3日間に緩めてきた検疫戦略の問題が背景にあるとみられています。しかしながら今後、潜伏期間が異なる変異株が登場した場合には、検疫のみに依存する戦略はリスクとなるかもしれません。

 今は、予防接種と予防と検疫の三つの対策の組み合わせを柔軟にとることが重要だと考えられています。日本は島国の特性をいかした検疫強化に資源を割いていいと思います。「ワクチン頼みのノーガード作戦」は、新たな変異株が入ってきたときに有効ではありません。また、ワクチン確保で後手に回ってきた国が、次の改良ワクチンを迅速に確保できる可能性に依存するのは大きなリスクです。

 とすれば、たとえ現在のワクチンが効かない新たな変異株が出現しても、検疫や予防策で感染を広げないという政策のオプションを持ち続けることは不可欠でしょう。接種率が高くなっても、その後に「ガードが上げられない国」になってしまうことは避けなければなりません。

新型コロナ・キーパーソンに聞く・宮田教授御影公会堂のホールで新型コロナウイルスのワクチン接種を受ける人たち。同市では各区ごとに1カ所以上の集団接種会場を設けている=2021年5月22日午後2時34分、神戸市東灘区

――1年前と比べて、データの活用はどこまで進んでいるのでしょうか?

 不確実な事態を考えるため、データを一つの道しるべにすることが「大事だ」というについての認識は、社会に広まりつつあると思います。一方、そのデータを迅速に収集し、多くの人がフェアにアクセスすることが可能かというと、日本はそう簡単ではありません。国のデジタル化がまったく進んでいなかったことを、多くの人々はこの1年で実感しました。GDPが高い国なので、ITもいい位置にいるのではないかと思っていたのですが、そうではありませんでした。新型コロナに対応し、かつITの活用に関しても状況を変えていかなければいけないと思います。

日本のITリテラシーの低さが国際競争力に大きく影響

――アメリカやヨーロッパと日本では、ITの活用という面でかなりの差があるということですか?

 アメリカ国内での感染拡大について振り返ると、トランプ政権時代は多くの人が亡くなっていました。今年1月に誕生したバイデン政権では対策が強化されました。

 例えば、アメリカでテレワークに移行したときの効率について聞くと、「効率がよくなった」と回答した人が多数派です。日本は「同等」や「効率が落ちた」という人の方が多かったです。もちろん、日本の小さな家が、テレワークスペースを確保しにくいなど、調査にはいろいろな要因が影響していると思いますが、それでもこの差は深刻でしょう。

 中国やインドにも大きく差を開けられています。人口13億5000万人のインドでは、国民IDなどのデジタル公共インフラである通称「インディア・スタック」を活用し、直接現金給付が素早く実施に移されました。日本人は、ITを使う意識、そのリテラシーの差が国際競争力に大きく影響しているという認識を持つことが必要でしょう。

新型コロナ・キーパーソンに聞く・宮田教授デジタル改革関連法案準備室の立ち上げ式で、記念撮影の際に中央を平井卓也デジタル改革担当相(左)に譲る菅義偉首相=2020年9月30日午後3時6分、東京都港区、代表撮影

――日本では定額給付金の支給の際の問題が、現在の予防接種でも繰り返されています。

 国も自治体も、非常に強い課題意識を持ち始めました。それでも簡単には変われないということだと思います。

――新型コロナ対策では、病床確保の問題が今も続いています。単純な国際比較をするつもりはありませんが、この問題についてはどのような見方をしていますか? この1年で変わってきたのでしょうか?

 新型コロナの感染者を受け入れる病床数がなぜ増えないのかという疑問を持つかもしれません。

 日本は公的医療保険ですが、医療機関の8割は民間のため、規制をかけることが難しいのです。逆に、国や都道府県など行政機関が所管する2割の公立や公的な医療機関は、コントロールができるわけです。
日本は、医療機関が掲げる診療科について「自由標榜制」をとっています。ほぼ自由に診療科を掲げることができるのです。本来、地域連携をしながら、必要な診療科や機能を計算して調整や整備をしなければなりません。その地域で供給過剰なのか、過少になっているのか、バランスをとっていくことが必要ですが、それが難しいのです。

 例えば、心臓血管外科は、ある程度の選択と集中をした方がよくて、難度が高い手術をする医療機関は集約した方がいいわけです。韓国は6~7の病院に集積されて手術をしていますが、日本は550カ所以上あります。

 このように高度な医療を提供している医療機関が分散しているので、新型コロナのような問題が起きると、高度な医療を提供できる病床を集めにくいわけです。こうした医療提供体制の課題は、感染者数に対して、病床が逼迫(ひっぱく)しやすい要因の一つでしょう。医療供給体制については、地域の中での機能連携が昔から課題とされてきましたが、この課題を解決できなかったことが、新型コロナ対策での病床コントロールに大きな影響をもたらしてしまったということです。

プロフィル

新型コロナ・キーパーソンに聞く・宮田教授
宮田裕章(みやた・ひろあき)
慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授(データサイエンス、医療の質、医療政策)
東京大学院医系研究科健康・看護専攻修士課程了、同分野保健学博士(論文)、早稲田大学人間科学学術院助手、東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座助教を経て、2009年4月より東京大学大学院医学系研究科医療品質評価学講座准教授、 2014年4月より同教授 (2015年5月より非常勤)、2015年5月より現職。社会的活動として、神奈川県顧問など。