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島田紳助はブラック・スワンを見てしまった

鈴木繁 朝日新聞編集委員(文化)

●大破局は、いつも出し抜けにドアをたたく

 先日、朝日新聞の読書面に送られてきた新刊書を整理していたら、CSのビジネス専門チャンネル、日経CNBCの番組で解説委員長をしている西川靖志という人の『ブラック・スワンの経済学――予測不可能な時代を読みとく』(詳伝社黄金文庫)という本が目についた。

 「ブラック・スワン」と言っても、ナタリー・ポートマンがアカデミー主演女優賞をとったバレエ映画にインスパイアされた本ではありません。レバノン生まれで、今は米国在住の投資家兼大学教授、ナシーム・ニコラス・タレブが提唱した「ブラック・スワン」理論で現況を読み解く入門書。元になっている『ブラック・スワン――不確実性とリスクの本質』は、日本では2009年にダイヤモンド社から翻訳が出て、かなり売れたから、ご存じの方も少なくないだろう。

 タレブの言うブラック・スワンは字面通り「黒い白鳥」。理念の世界ではありえないはずの存在が、現実には出現しうるということを示すためのキーワードだ。とはいえ、世の中の大部分の人(タレブの本では、人とは金融投資家を指すことが多い)は、受験偏差値でおなじみの正規分布を示すベルカーブの世界にかたくなにしがみついている。

 タレブは、これを「月並みの国」と呼んでいて、この国ではいつだって白鳥は白い。けれど、そうであって欲しいという願望や、そういう前提で話を進めようという約束事が生み出した国で、現実世界には、黒い白鳥が出現する。かくて、月並みの国自体を壊してしまうような、大激震が起こるということになる。

 もちろん、月並みな予測が正しい分野だってある。例えば、人間の身長や、リンゴの重さ。身長5メートルの人や、重さ1トンのリンゴは出現しない。

 ただ、金融の世界では、それまでありえないとされていたことが起こりうるのだ。それから、地震の世界では。

 地震の規模と発生は、正規分布ではなく「べき乗則」に従うと分かっている。全地震を計測しても、平均マグニチュードが、例えばM3なりM5なりを中心にした釣り鐘型を形成するわけではない。エネルギーが2倍放出される地震は、その起こる頻度が、どうやら2のべき乗少ない、つまり1/4になるということが言えるだけだ。ざっくり言うと、ものすごい大きな地震は、めったに起こるもんじゃないということが言えるだけなのだ。いつ起こるかは分からないし、何がきっかけで起こるかも分からない。それが、地震予測が不可能な理由でもある。

 実態を注意深く見れば、金融大恐慌も地震と同じ法則に従っているというのが、タレブや、今年2月に日本語の翻訳が出た『なぜ経済予測は間違えるのか?――科学で問い直す経済学』(河出書房新社)の筆者、英国のサイエンスライター、ディヴィッド・オレルの主張だ。いわずもがなだけれど、冒頭の『ブラック・スワンの経済学』は、東日本大震災を日本社会にとってのブラック・スワンと見なしている。

 逆もまた真なり。大地震もまた金融恐慌のようにやってくる。

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