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紙の本の作り手からの挑戦――谷郁雄・青山裕企『透明人間 再出発』を読む

大澤聡

大澤聡 批評家、近畿大学文芸学部講師(メディア史)

 どうやら、電子書籍論ブームはいったん落ち着いたようだ。もちろん、これは結論が出たということを意味しない。次の段階に移行したのだろう。電子書籍といかに付き合っていくべきか。各方面でその点が具体的に検討されはじめている。

 電子書籍をめぐる技術開発は日々進む。紙の本に近い感覚でブラウズできる読書環境も整備されつつある。例えば、紙に似せた触感までもがオプションとして実装されようとしている。そう、電子書籍は紙本の規範に強く拘束されている。その条件のなかで奇妙な発展を遂げている。

 とすれば、紙の本の作り手たちは、当面のあいだそうした電子書籍がすぐ隣に存在する世界を前提としたうえで、新たな展開を模索していくほかない(「書籍」の類比が似つかわしくないほどに、電子書籍が高次の進化を遂げればよいのだが、しばらくそうはならない様子)。紙でなければできないことは何か。何度も課題として浮上する。

 この問題を考えるうえでのヒントを与えてくれる出版実践がこのところいくつか見られる。2011年末に刊行された詩写真集『透明人間 再出発』(ミシマ社)はその代表的な例のひとつ。写真と詩がコラボレートした作品だ。その種の事例は少なくない。

 だが、本書はその演出法において特異な試みを提示する。現物を手に取った読者はまず造本や編集の面に注目するだろう。

 ページをめくると、最初から最後まで一貫して、半透明の用紙と白い用紙とが1枚ずつ交互に現われる。蝋引き加工を施された半透明の紙は独特の味わいをもつマットな質感。そこに谷郁雄の詩作品が印刷される。本人の手書き文字である。もう一方の白い紙には青山裕企の写真作品。写真はカラーとモノクロが混在している。

 詩の文言が薄いベールのように写真に覆いかぶさる。詩テクストの後景に淡く写真が透かし見える。一対でひとつの作品となる仕掛けだ(表紙も同様)。もちろん個別に独立した作品としても成立しているわけで、してみれば、読者は「詩」「写真」「詩+写真」の3種を自在に楽しむことができる(蝋の関係か、左手親指で小口を軽く押さえながらパラパラとはじき頁をめくっていくと「詩+写真」ばかりが現れる。反対に、右手で押さえながら逆行するかたちでめくると「写真」だけが)。紙面上で両者が融合と分離をくりかえす。そこに、装丁というもうひとつの作品軸が掛けあわさる。

 この種の造本設計は珍しい。つまり、用紙をシャッフルする製本は類例が少ない。本書の帯や宣伝は「世界初の造本」とうたう。いささか意外な感じもするが、一般的な製本プロセスを想起すれば納得がいく。通常の「折り」を使った製本の場合(1枚の巨大な紙に数頁分を並べて印刷し、それを折り畳み断裁したものの束から本はできている)、16ページや8ページなど折り単位で用紙を替えることはできても、ページ単位での変更は難しい。

 それを可能にするのが、新たに考案され今回採用された「ENバインディング」製法だ。

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