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【論壇女子部が行く!(2)】 千葉雅也(下)―― まっとうであることを引き受けすぎない

聞き手=論壇女子部

●人間なんて絶滅してもいい、という哲学

――この10年ぐらいって、たとえば、制度をうまく使うためにどうするかという学問ばかりはやってきたような気がします。でも千葉さんは何かこの制度がおかしいという次元ではなくて、もっと根源的なものを揺り動かしたいというモチベーションをお持ちなんじゃないかと思うんです。

千葉 それはやはり哲学を、哲学の中でもとびきり抽象的な存在論を専門にしてきたからですよ。社会問題の具体的な扱いにそんなに慣れてないということもあるんですけど、そもそも僕が考えているのは人間なんか絶滅してもいいという哲学なんです。制度をどうこうするという議論は、要するに人間を存続させたいのならば、という前提での話ですよね。いわゆる生命倫理の問題も、しょせんは今のところ保守されてきたところの人間像とか人間の尊厳を守るという話なんだけど、別に人間なんていなくなったって、それでどうしていけないんだろうと思うわけです。

 ただ、人間なんて絶滅しろというわけではないですよ。僕の場合、そこも思考が二重になっていて、場合によっては人間は絶滅もするだろうということを認めてしまった上で、ベストではなくベターな選択肢によって社会を住みやすくすることを考えているんです。

 もっとマイルドに言えば、人間性をあまり特別視しない哲学ですね。非人間的な存在者一般、石や酸素分子とかのあいだで、それらの複合として人間を考えるし、逆に、動物や無生物のあいだにも、もしかしたら政治的と呼べるかもしれない力関係があると考える。

千葉雅也(ちば・まさや) 哲学者/批評家。1978年生まれ。東京大学教養学部超域文化科学科・表象文化論分科卒業後、パリ第10大学大学院哲学科などを経て、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻(表象文化論コース)から博士号(学術)取得。ジル・ドゥルーズなどのフランス現代哲学、美術・文学・音楽・ファッションの表象文化論、セクシュアリティの問題などを研究。慶應義塾大学非常勤講師。2012年秋ごろ、初の単著となる『ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(仮題)を発表予定。撮影=佐藤類

――話が少し変わりますが、千葉さんは教育熱心でいらっしゃるという噂を伺ったんですけれども、後の世代につなげていくという意識はどうお持ちなんでしょうか。

千葉 僕は本当に魅力的な先生に巡り会ってきました。高校時代の美術の先生が現代思想や現代美術に目を開かせてくれたし、大学に入ってからも、こんなに面白い授業ばかりでいいのかというぐらい楽しかった。中国哲学の中島隆博先生からはアカデミズムの抑圧やお決まりごとにとらわれずに、自由に学問をすることを教わりました。表象文化論の小林康夫先生には、問題の特異点を一発で見抜くような技を学びました。

 そうやって僕は、視野を広げることや手業の伝承を受けてきました。だから僕も未熟ではあるけれども、そういうことをやっていきたい。一人一人は必ず死ぬし、人間もそのうち滅ぶかもしれないけれど、それを覚悟した上での文化の伝承です。残ったり残らなかったりするものがある。ベストに残りつづけてほしいとは思わない。これまでの歴史と、これからの歴史をつなぐ持続の線だって多孔的でいいんです。

 僕の教育の眼目は、そういう孔だらけのところを風が抜けていくような感覚をかろうじて耐えて、そこに楽しみを見いだせる人間を育てることです。そのため、これまでの常識や良識を揺さぶるように刺激を与えて、一個人として犠牲にならずに考えて生きていくための技術、具体的には言葉とイメージの使い方を、僕の手業を見せながら伝えています。こうやって手を動かすんだという一例を実際にやって見せる。そこにこだわっています。

――抽象的な質問になりますが、千葉さんには何か大きな野望みたいなものはありますか。まったく気宇壮大なものでも構わないのですが。

千葉 まあ、楽しく生きていきたいんですけど、でも今まで日本語でばかりやってきたので、現実的な話ですが、もうちょっと海外で仕事をしたいですね。現代哲学や批評理論をめぐっては、日本の戦後は独特の展開をしてきました。フランスの影響も強いし、アメリカともややこしい関係があるわけですが、必ずしも海外の批評的言説と交通がよく取れているわけではないので、もう少し対話のチャンスをつくっていく仕事をしたいですね。

 だから東大の秋入学制度への移行も、僕はいいと思いますよ。入学式は桜が散っている頃がいいなというのはありますけど(笑)、留学先のセメスターの始まりに合わせられるというのはいいんじゃないですか。みんなもっと日本語以外でも書いていくべきです。

 それに絡めて言うと、日本の批評や文化的コンテンツをもっと翻訳して出してほしいですね。コンテンツをがんがんリアルタイムで輸出する、そういう翻訳家集団のようなものがあってもいいと思う。僕も自分の仕事の翻訳をこれからやっていきます。その辺が無難な回答でしょうか。無難じゃない回答は、まだ黙っておくことにしましょう。野望はあまり語ると実現しないって、どこかの自己啓発家が言っていましたから(笑)。

●どうチャンネルを開いていくか

――いまさらのようですが、私たちはこうして「論壇女子部」というものをつくりまして(笑)、これまで人文書にあまりコミットメントがなかった人に噛み砕いて届けたいという思いがあるんですが、何か今後の活動に向けてコメントをいただければ。

千葉 だいたい「論壇」という言い方が、もうオヤジ臭いですよね。だからソフトなイメージであざとく裾野を拡大していくような方向に活動していただけるといいんじゃないでしょうか(笑)。僕自身も、哲学とかそういう一見入りづらそうなものをいろいろな形で料理して、どうチャンネルを開いていくかということをやっていますので。

――その論壇女子部には適齢期の女性がそろっていますが(笑)、それに限らず今の女性たちには婚活の圧力があったり、悩んでいる人が多いと思うんですね。結婚して子供を産んで、家族をつくって……という規範がいまだにすごく強いと思います。そういった女性たちの悩みに、たとえばドゥルーズの哲学が役立つところはありますか。

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