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若者の就職問題に心が動かされた『天使の分け前』

古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)

 ケン・ローチ監督は、いつも社会的弱者の側に立って映画を作る。資本主義や政治や戦争に翻弄されて苦しむ人々をドキュメンタリータッチで細部まで描くため、見ていて暗澹たる気持ちになることが多い。移民であれ、中年失業者であれ、シングルマザーであれ、絶望的な状況の中で刹那的な生き方をする人々があまりにリアルで、怒りと悲しみが込み上げてくるような映画ばかりだった。

 4月13日公開の『天使の分け前』(2012)はちょっと違う。同じリアルでも、初めて今の自分に切実な問題に触れていて、ひどく心を動かされた。なぜなら、その中心テーマが若者の就職だったからだ。

 1990年代までだったら、イギリスの地方の若者たちに仕事がない話なんて遥か遠くの物語に見えただろう。ところが21世紀になってからは、日本でも若者が正社員や正職員になることが極端に難しくなった。とりわけ筆者のように大学で教えていると、就活で何十もの会社から断られる学生を毎日見ているため、もはやこれは日本の大問題ではないかとさえ思えてくる。

『天使の分け前』 (c) Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,Urania Pictures, France 2 Cinema, British Film Institute MMXII

 この映画の中心となるのは、主人公のロビーを始めとして、いわゆる地方の無職の若者たちだ。彼らは仕事がなく、たむろして暴力をふるって他人の金を奪うか、ヤクをやってコソ泥を重ねるような毎日だ。そのうえ、ごろつき同士の長年の抗争まである。

 冒頭、裁判所のシーンが写る。格好といい、表情といい、いかにもごろつきといった若者たちに、冷たい声で次々と判決が下される。彼らとは対照的な裁判官や弁護士の冷静なあきらめの表情や、わかりやすい標準英語も印象深い。暴力事件を起こしたロビーはもうすぐ子供が生まれることを理由に刑務所行きを免れて、300時間の社会奉仕労働を命じられる。

 映画はこのロビーを中心に、4人の若者たちが社会奉仕活動を続けながら少しずつ再生への道を歩む様子を描いている。

 この映画が感動的なのは、いくつかの理由がある。まず一番には、

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