佐々涼子 著
2014年07月17日
私の実家は農業なもので、食べ物を粗末にする人を見ると、つい「何だよ! 作った人のことを考えろよ!」と突っ込みを入れたくなってしまいます。おかげで自分ではメシを残せず、今やメタボ体型に歯止めがかからなくなってしまいました。
のっけからデブ自慢をしたいわけではありません。この書評を書くことで、先の思考がブーメランで自分に返ってくることに、改めて気づいてしまった次第なのです。
『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている――再生・日本製紙石巻工場』(佐々涼子 著、早川書房)
お恥ずかしい話ですが、私のように売れない本を多く作ってしまった編集者は、返本・廃棄という形で、ヤバいくらい紙を粗末にしています。ならば、食べ物を粗末にする人と同様、私は生産者に「何だよ! 紙を作った人の気持ちや努力をちゃんと考えているのかよ!」と厳しく突っ込まれて当然でしょう。
そして本書『紙つなげ!』は、その生産者、日本製紙石巻工場の復興プロセスを描き切ったノンフィクションです。私に限らず、「本はどこから来たものか」を真剣に考えてこなかった人間は、エリを正して読むべきでありましょう。
震災当日、水と寒さと炎に蹂躙される石巻。ガレキと汚泥、そして遺体が流れ込んで破壊された工場。絶望的な状況から、それでも本を待つ読者のために工場を立て直そうとする日本製紙の従業員たち。苦闘の様子が丁寧に再現されます。
「半年で再開させる」と宣言し、現場の人間を叱咤しながらも絶対に守り通そうとするリーダー。自分ができることは何か、葛藤しつつも必死で手を動かし、知恵を絞った職人たち。被災者の視線と期待に潰されそうになるけれど、それでも頂点に向けて全力プレーを重ねる野球部の選手たち。
さまざまな立場の従業員が登場します。そんな彼らの弱みも頑張りもバランス良く描写して、物語はあっという間にクライマックスになだれ込みます。
個人的には、製紙業トリビアや、機械を稼働させるための障害など、もっと細部をねっとり書き込んでほしかったのですが、本書はテンポ良く進みます。著者が「紙なんて言われてもピンとこないよ」という読者も飽きさせないように、配慮のうえ構成したのでしょう。
そして読後は深い感動です。多様な登場人物のドラマから、目の前の仕事に全力を尽くす人々の矜持が伝わってきます。
しかし、著者は安直に「だから日本人は素晴らしい!」みたいな結論に読者を導こうとはしません。
本筋とは直接関係ないにもかかわらず、石巻の飲食店主の回想にあえて一章を割いて、震災後の人心荒廃ぶりも書き残しています。そこに描かれた、ピクニック感覚でコンビニからビールを一山持ち去っていく家族も、まぎれもなく日本人であり被災者であり、もしかしたら職場で全力で働く人であったのです。
これだけ盛りだくさんな本書ですが、決して大長編ではありません。読み出せばページをめくる手が止まらず、長い時間をかけずに読み通せます。
それでも書店で本書を見れば、とても立派で分厚い作りに見えるでしょう。それは、厚みとページのめくりやすさ、そして文字の見やすさを両立させるためのさまざまな工夫が、紙に詰め込まれているからです。これも本書を通じて理解することができます。
そう、読者の理解が深まるよう、著者はドラマの間に書籍用紙についての入門的知識もちりばめているのです。読者をこの世界に入門させてしまおうという、心憎い配慮まで感じてしまいました。
(また個人的な話ですが、本書に登場する「b7バルキー」という紙、私も大好きでよく使います。実に鮮やかにインクが見えるんですよ。でも、まさか「b7」という名の由来がギターのコードだったとは、考えもしませんでした。ひとつ賢くなりました)
いかがでしょう。「こういう話って、本好きな人間は絶対に批判できない前提だから、つまんなかったらコメントできないし、読むのはちょっとなあ……」なんて考えてしまう天の邪鬼な人でも、ここまで申し上げれば安心して読めるのではないでしょうか。もし少しでもそう思って読んでいただけるならば、私もデブ告白をしたかいがあったというものです。
これからこんな感じで、本にかかわる「匠」の皆様と交替で、人文書やノンフィクションをお勧めしてまいりたいと存じます。どうかよろしくお願いいたします。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
*「神保町の匠」のバックナンバーはこちらで。
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