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[書評]『地域を変える高校生たち』

宮下与兵衛、栗又衛、浪岡知朗 編著

大槻慎二 編集者

民主主義のドラマに涙が滲む  

 本とのこんな出会い方もあるものだ。

 私の住む信州伊那谷の町のバイパス沿いに、2013年、平安堂が新規出店をした。チェーン全体では実に13年ぶりだという。その店頭に、多面面陳ではあるが、棚の足元にごく控えめに並べられた本があった。

『地域を変える高校生たち―市民とのフォーラムからボランティア、まちづくりへ―』(宮下与兵衛、栗又衛、浪岡知朗 編著、かもがわ出版) 定価:本体1700円+税『地域を変える高校生たち――市民とのフォーラムからボランティア、まちづくりへ』(宮下与兵衛、栗又 衛、浪岡知朗 編著、かもがわ出版) 定価:本体1700円+税

 タイトルも装丁も、あるいはテーマ自体も、ふだんなら食指が動かない本である。

 が、たまたま手にしてパラパラとめくってみた。高校生が地域をどう変え、また地域がどのように高校を育てていったかについて、長野県の辰野高校、茨城県の小川高校、北海道の美瑛高校の三つのケースで、現場に携わった先生が書いている。

 身近にある辰野高校の話に惹かれて購い、大した期待もなく読み始めた。ところがこれが滅法面白い。いやそれどころかいつの間にかぐいぐいと引き込まれ、ときに目尻に涙さえ滲んだ。

 3校とも前身が農業高校であったり商業高校であったり、地域が地域のために要望してできた公立高校であるが、共通するのは、行きたい高校に行けなかった生徒たちが「不本意入学」する学校であることだ。

 たとえば辰野高校の場合、同じ地区で進学校に進んだ私には実感としてよくわかる。たまたま町で出会った辰高の同級生たちの姿……ある者はリーゼントに剃り込みを入れ、ある者はくるぶしまである襞の多いスカートを履き、またある者はおとなしそうに俯きがちに歩いて、地味な私立大学に進学して行った(ところが、その外観からは計り知れない内実が、本書で明かされることになる)。

 卒業生の多くが地元に留まるところも共通している。その意味で彼らは、地域にとってまさに貴重な将来の担い手であり、当人たちにとって地元は逃げることのできない現実である。そしてその切実さがどのようなドラマを生んできたかが、それぞれ三つのパターンで詳細に記されているのだ。

 辰野高校では、シャッター街と化した駅前の商店街の一角を生徒が借り受け、お年寄りと若者が交流し、最後には世代を超えた“歌声喫茶”にまで発展するコミュニティカフェを作る。あるいは地元の食品会社とのコラボレーションで、「チョコっとりんごクッキー」や「ほたる丼」なるヒット商品を生み出す。

 小川高校では、厳しく型に嵌める管理教育に粛々と従っていた生徒たちが、次第に自由を勝ち取っていき、通学に使うローカル線〈かしてつ(鹿島鉄道)〉が存続の危機に晒されたことをきっかけに「かしてつ応援団」を結成し、ついに自治体を動かして公的支援を得るまでに至る。

 また美瑛高校では、荒れに荒れて地域の評判も地に落ちたところから生徒たちが立ち上がり、町の一大イベントであるマラソン大会に全校生徒がボランティアとして参加したり、町の至るところにプランターを設置するなどの活動を通じて、地元の信頼を勝ち得ていく過程が如実に語られる。

 いずれも大きな転換点になっているのが、生徒と教師、それに親たちが参加する〈三者懇談会〉、あるいはそこに地域の人々も加わって作る〈四者フォーラム〉であり、その主人公として、多くの壁にもめげず果敢に周囲に働きかける生徒会の存在である。

 たとえば辰野高校では、長期休暇の間のみ認められていたアルバイトを平日にも、という要求を通すのに、実に2年をかけて粘り強く交渉する。また美瑛高校では「美瑛高のつまらなさをどうにかするアンケート」を実施し、結果があまりにも悲惨なゆえに公表できず、ロッカーに眠らせるしかなかった地点から、「美瑛高校改造計画」を立ち上げ、それを何代もの生徒会長が踏襲して実現していく。

 その熱意と、地道で丁寧なプロセス。集団的自衛権の行使などという大きな問題を、拙速で決めてしまう今の政府とは大違いである。

 またその子供たちの運動を、ときに温かく見守り、ときに叱咤激励しながら共に歩んでいく親や地域の大人たちの姿も感動的だ。フォーラムを行なうなかで、教育の真の姿に気づいていく教師の真摯さもいい。そして最も示唆的なのは、この三者に対する首長の距離の置き方である。決して出しゃばらず、しかし要所要所ではしっかりサポートして、最後に子供たちの背中をそっと押す。

 本書の魅力は、改革のプロセスを綴る先生たちのけれん味のない文章に由来しており、その文章が拾い上げる生徒や関係者の生の声は読む者の心を動かす。引用したい箇所が多々あるが、紙幅の関係で割愛せざるを得ないことを悔やむ。

 本書が編まれた目的は、おそらく学校教育や社会教育、まちづくりに携わる人々に指針とヒントを与えることにあるだろう。けれども私はこれを、民主主義が地域で大切にされ、息づいていくドラマとして読んだ。

 終章で編者の宮下氏は、生徒会で活躍した教え子たちのその後を追い、何よりも地域活動が子供の学力を伸ばし、人間的成長を促すことを説いている。

 その主張、そしてここに描かれた実に豊かな世界の対極にあるのは、効率第一で問題のある子供を隔離し、あるいはトップダウンで愛国を強制する大阪のような都市の教育行政であり、首長が不当に教育現場に介入することを良しとしてしまった現政権の貧しい教育政策である。そのことごとくが現場で生きる人間を無視した思い上がりであることを、本書によってまざまざと知らされた。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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