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[書評]『青木理の抵抗の視線』

青木理 著

松本裕喜 編集者

この国はどんな闇に向かっているのか 

 近年、とりわけ3・11以降、テレビや新聞などのマス・メディアへの不信感は根強い。どこまで本当のことを伝えてくれているのか、公権力や広告主にたいして及び腰の報道しかしていないのではないか等々、いまのジャーナリズムに疑念を抱いている人は少なくないのではないだろうか。

 2012年末、安倍政権が誕生してからの公共放送(といわれるメデイア)のニュースなどには唖然とすることがある。

『青木理の抵抗の視線』(青木理 著 トランスビュー) 定価:本体1600円+税『青木理の抵抗の視線』(青木理 著 トランスビュー) 定価:本体1600円+税
 「北朝鮮は、平壌(ピョンヤン)に来れば拉致問題調査の現状を報告すると言っている」と述べるだけの首相の発表を麗々しく中継するニュース番組などを見ると、暗澹たる気分になる。

 どんな無内容な話でも首相の発言をただ伝えるだけなら、北朝鮮の国営放送とやっていることは同じである。

 しかし本書を読んで、この時代にも、「メディアとジャーナリズムの最大の役割は権力のチェックである」と言い切るジャーナリストがいるのがわかった。

 最初に著者へのインタビュー記事(「第一部 不寛容の空気に抗う」)が置かれている。

 僕のような古いタイプの編集者は単行本をつくる際、対談・座談やインタビュー記事は巻末に付録のようなかたちで載せるのを習いとした。それも、そうした記事がよほど面白いか、ページ数が足りないのに著者が原稿を書けない場合かに限られてのことだ。

 しかしこの本を最後まで読んでみると、なぜインタビューを巻頭に置いたのかがよく理解できた。

 それはこのインタビューが、司法、警察、公安、基地、原発、メディアなどの現状に異議を申し立てる著者の立ち位置を俯瞰できる内容になっているからだ。もうひとつ、著者の姿勢は現代では硬骨漢といってよく、そうした著者の言い分にたいする柔らかい導入部にもなっていると思う。

 「第二部 いま、この国の深層に蠢(うごめ)くもの」は『週刊現代』(2010年1月~)と『月刊日本』(2014年2月~)に掲載されたコラムをあつめた時評集である。

 読んでみて驚いたが、4年前に提起された問題が全くといっていいほど古びていない。つまり、何も解決されていないのである。

 司法制度でいえば、代用監獄(警察署内の留置所への拘留)、「人質司法」(容疑を否認する容疑者の長期拘留)、密室での取り調べ、検察に追随する裁判(裁判での有罪率は99%以上)は現在もそのまま続いている。

 なかでも、警察、公安秘密組織の実態についての報告は貴重だと思った。公安警察には「I・S(アイエス)」の符牒でよばれる組織があり、「政治家や選挙に関する情報を警察の最上層部に伝えることを目的とする色彩が強い」という。

 また近年、警察が主導する暴力団排除条例が全国の自治体で制定され、結果、警察の天下り先が拡大しているとの指摘もある。

 12月10日に施行された特定秘密保護法は、2010年11月に起きた尖閣ビデオ流出問題を契機に「秘密保全法」として法案化が図られ、内閣情報調査室(トップは警備・公安部門出身の警察官僚)の主導のもとで練り上げられたという。警視庁の記者クラブに常駐する記者たち(全社合わせれば100人以上)もこうした情報をつかんでいないわけではないだろうが、記事を目にすることはない。

 民主党への政権交代直後の2010年1月、政治資金規正法違反容疑での小沢一郎への強制起訴を検察の暴走と断じ、民主党政権崩壊の一因ともみている。警察・公安についての記事とあわせ読むと、僕らが思っているよりもこの国の闇は深いのかもしれない。

 また2010年6月、青少年健全育成条例を審議する都議会で、「子どもの敵!」「お前、痴漢されて喜んでいるんだな!」などの野次に驚き、「都庁に詰めている新聞記者やテレビの記者の皆さん、是非それ(野次)を記事にしていただけないか」と呼びかけている。都議会の下劣な野次は2014年6月には物議をかもしたが、改善されたのだろうか。

 小泉政権の下で労働市場の自由化=派遣社員の急増を推し進めた竹中平蔵が人材派遣会社「パソナグループ」の会長につき、安倍政権の産業競争力会議のメンバーにおさまっているという笑えない冗談のような話も紹介されている。

 「第三部 『知ること』が人を自由にする」は後輩の大学生のインタビューに答えたものだが、ジャーナリストの仕事を「歴史のデッサンを描くこと」と規定、知ることへの制限に徹底的に抗う自らのスタンスを述べて明快である。やさしい言葉のなかにジャーナリストの矜持が語られているように思った。

 最後に言わずもがなの感想を。青木理さんって、あまりにも理不尽な親分衆の非道に怒り、最後に立ち上がる、かつてのヤクザ映画のアンチヒーロー(高倉健、菅原文太ら)を彷彿とさせませんか。いまこの国は、ヤクザ映画ばりの危ない世界に向かっているようにも思えるのだ。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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