神崎宣武 著
2015年03月05日
料亭を贔屓にするような身分ではない。それでもいくつかお邪魔した店はある。
勤め先の大学の隣には一時期政治家がひしめいていた高級料亭がある。ところが近頃は高級車のお出迎えを見なくなった。
すると、この料亭のビルをわが大学が買うという。まさかと思ったら、事実らしい。
すでに料亭の経営に見切りをつけていたらしく、ビルにした後は会社などに貸していたのである。しかし立派な料亭だったところを買ったりして、本学は何にするつもりなのか。まさか、役人の接待をするわけでもあるまいに。
そんな思いでいたところ、この本が出た。
神崎宣武『大和屋物語――大阪ミナミの花街民俗史』(岩波書店)
まず、この料亭は創業が明治10(1877)年。この料亭は大阪ミナミ(南地)の代表的料理茶屋。お茶屋文化の粹とも言うべき店である。2003年に126年の歴史に幕を下ろした。
もちろんお邪魔したことなどないが、噂は知っていた。芸妓さんは店が独自に育成し、料理は取り寄せるのではなく、自前でつくるという。
巻頭に四季折々の料理写真が掲載されているが、目を見張る程の美しさ。冬の献立に出てくる「雪囲い」はいいですね。伊勢エビと針ピーマンだそうです。
実は大阪駅近くにあった東洋ホテルには出張のときによく泊まったのだが、地下においしい和食屋が入っていた。手頃な値段で昼食が食べられたのだが、ここが大和屋三玄(系列店)のお店だった。そんな名料亭と関係があるなどとは知らず、気楽に楽しんでいたことが懐かしい。
この本を読むと、花街の民俗、文化がいかに豊かな財産を残したかがわかってうれしくなる。同時にこういう店を維持していく苦労も知らされて、悲喜こもごもの気持ちを味わった。
著者は実に丹念に歴史を辿り、料亭文化を支えてきた人に精力的にインタビューをして、本書を書き上げた。地盤沈下が問題となっている大阪に、こんなすばらしい世界が存在していたことを知って、なんだかもったいない気分になった。
「おもてなし」とはこういうものなのですね。お茶屋とは「高度な日本文化の空間」。さすが司馬遼太郎の名文句。建物、料理とその盛りつけ、そして女将、仲居、芸妓が出す見事な接客文化。
料亭、温泉宿など、探っていけば、豊かな文化の鉱脈に突き当たるはず。残された時間は少ないけれど、新たな世界に乗り出すのもいいかもしれない。「グローバル」などという言葉がますますいやになる。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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