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地方発の偉業、富山版「ショウ・ボート」に感無量

東京のプロダクションの志に期待したい

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

 素晴らしい舞台に出会った。そして日本のミュージカル上演史に記録されるべき輝かしい成果に立ち会った。富山市民文化事業団主催の『ショウ・ボート』(3月12~15日、富山市・オーバード・ホール)である。

 『ショウ・ボート』といえば1927年に初演された歴史的名作。なにしろ、それまでの軽くて楽しいミュージカル・コメディーの常識を覆し、人種差別などの社会的なテーマや40年にも及ぶ骨太な人間模様を描いて、ミュージカルの可能性を革新的に広げた「金字塔」だ。

 今日のミュージカル隆盛は、ここに始まったと言っても過言ではない。

 しかしこの大作は、日本の興行界ではこれまで宝塚歌劇団が上演したのみで、男女が共演する本格的な公演は行われたことがなかった。

華やかな「ショウ・ボート」のオープニング・シーン「ショウ・ボート」の華やかなオープニング・シーン
 それを東京のプロダクションや劇場ではなく、富山カンパニーが成し遂げたこと、それも恐ろしく高いレベルの上演を行ったことに興奮を覚えずにはいられない。

 この舞台は、2014年1年間に東京で上演されたどのミュージカルよりも優れている。

 富山は「オーバード・ホール名作ミュージカル上演シリーズ」を2011年から始め、今回で第5弾となる。

 2作目に上演した『ハロー・ドーリー!』もブロードウェイのロングラン記録を作った大ヒット作だが、日本語で上演されたことがなく、富山が初演となって話題を呼んだ。

 当時、朝日新聞の演劇記者だった私はそれを観劇して、「地方発の快挙」と書いた(2012年2月21日付「朝日新聞」文化面)。『ハロー・ドーリー!』はその翌年に東京芸術劇場で再演され、専門誌「ミュージカル」年間ベストテンの2位に選ばれるなど、高い評価を得ている。

 今回の『ショウ・ボート』はそれを上回る達成と言え、「地方発の偉業」とでも呼びたい。

 このレベルの高さはまず、第一線で活躍する俳優が集まったところにある。

 地元出身の元・宝塚トップ剣幸(つるぎ・みゆき)がシリーズ初回から出演しているのを始め、今回は土居裕子、岡幸二郎ら高い歌唱力を誇るキャストがそろった。地元のアマチュアを加えたアンサンブルに至るまで質が高く、合唱・群舞も聴きごたえ、見応えがあった。

 大河に浮かぶ劇場船など、壮大な物語世界を顕現させた豪華な舞台美術(土屋茂昭)。ストーリーのよさを丁寧に引き出し、洗練された舞台に仕上げた演出・振付のロジャー・カステヤーノの功績も大きい。その総合力により、ノスタルジックな叙情性を帯びた傑作に仕上がった。

 ジェローム・カーン作曲、オスカー・ハマースタインII世作詞・脚本による『ショウ・ボート』は、船内にしつらえた劇場で芝居を上演する「劇場船」を題材に、そこで働く芸人らの人生の流転を追った、息の長い物語だ。

 これが初演当時、いかに画期的だったか。

 ここに描かれる結婚生活の破綻、人種差別、黒人の労働、賭博やアルコール中毒といった仮借ない現実は、ミュージカルには不向きな題材だと思われていた。

 そもそも40年もの歳月にわたる深い物語をミュージカルが表現できるとは、それまで誰も夢想だにしなかった。ブロードウェイ公演の初日に立ち会った製作者の秘書によれば、歴史的なその夜、喝采は起こらず、観客は終始無言であったという。新奇なものに観客は反応できなかったのだ。

 舞台は1887年、アメリカ南部はミシシッピ川沿いの町ナチェズの波止場に、劇場船「コットン・ブロッサム号」が碇泊する場面から始まる。アンディ船長(浜畑賢吉)の若い娘マグノリア(土居裕子)は、流れ者の賭博者ゲイロード・ラヴナル(岡幸二郎)と出会い、互いに一目で恋に落ちる。この二人の愛が本筋をなす。

 一方、スティーブとジュリー(剣幸)の夫婦は一座の看板役者だが、ジュリーは外見こそ白人に見えるものの実は黒人の血を引いており、白人と黒人の結婚を禁じた州法違反の容疑で保安官が捜査にくる。スティーブの機知でその場は切り抜けるが、二人は下船してすさんだ放浪生活を余儀なくされる。ここに黒人差別のテーマが盛り込まれている。

土居裕子のマグノリア(右)と岡幸二郎のゲイロード土居裕子のマグノリア(右)と岡幸二郎のゲイロード
 主演俳優が不在となった劇場では、二枚目のゲイロードと笑顔が素敵なマグノリアが主役を演じ、まもなく結婚する。やがてキムと名付けられる女児をもうけ、二人はシカゴに移り住む。

 しかし賭博で身を立てるゲイロードの強運がいつまでも続くはずがなく、当初こそ羽振りが良かったもののいずれ破産、ゲイロードは娘の学費を置いて蒸発する。

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