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トニー賞受賞作『ファン・ホーム』の魅力とは

2.5次元ミュージカルが描くゲイの父娘の絆

小山内伸 評論家・専修大学教授(現代演劇・現代文学)

 2015年度トニー賞(6月発表)は、日本では『王様と私』に主演した渡辺謙が主演男優賞を受賞するかどうかに注目が集まった(結果は受賞せず)。

 だが、今期の最大の収穫はやはり、最優秀賞作品賞、楽曲賞、演出賞など5部門で受賞した『ファン・ホーム』であろう。8月上旬、ニューヨークで観劇した私はこの舞台から深い感銘を受けた。

 このミュージカルは、アリソン・ベクダルの同名漫画が原作。従って、日本で流行りの言い方に倣えば「2.5次元ミュージカル」ということになる。

 しかしこの舞台は日本における「2.5次元」ものとは相当に異なり、ゲイ(同性愛)の父娘の関係をリアルに描いた家族劇だ。極めてセンシィティヴなテーマを扱っているのだ。

 そもそも、この原作は漫画とは言え、プルーストやオスカー・ワイルドなどの小説をふんだんに引用しながら、あるレズビアンの家族と精神史をつづった自己探求的な作品だ。主人公の名前はアリソン・ベクダルと実名で記しており、自伝的漫画と言ってよい。

3人のアリソン

 シリアスなテーマを含むこの漫画のミュージカル化が成功しているのは、主人公のアリソンが年代を違えて3人登場する、というユニークな趣向に負うところが大きい。

 活発な少女時代のアリソン(以下、小アリソン)。初めて性体験をする青春期のアリソン(以下、中アリソン)。長じて漫画家になった現在のアリソン(以下、大アリソン)。

 大アリソンが過去を回想する傍らで、小アリソンや中アリソンが当時の出来事を演じ、複眼的な視点の中にユーモアと精彩に富んだドラマが展開する(リサ・クロン脚本)。

 話は大アリソンが記憶を反芻するところから始まる。記憶が浮かぶままに、場面は時空を超えて少女期と青春期を自在に行き来しながら、自身の成長と父親の死までが語られる。

 田舎町に住む父は祖父から葬儀屋の家業を継いだものの、それだけでは食べてゆけず高校教師も務めていた。神経質なまでに家の修理やアンティークの補修に執心し、来客があると家族に部屋を磨かせた。

 その様子を活写する「メープル通りのわが家へようこそ」が瑞々しくメロディアスな佳曲だ。アリソンの母ヘレンが歌い、小アリソンと二人の弟が唱和する。

 大アリソンは回想する。父親ブルースは自宅近くの道路でトラックにはねられて死亡したが、それは自殺だったと彼女は考えている。そして彼女はレズビアンの漫画家になった。

『ファン・ホーム』の舞台から。小アリソン(シドニー・ルーカス)と父ブルース(マイケル・サーヴェリス) ©Joan Murcus『ファン・ホーム』の舞台から。小アリソン(シドニー・ルーカス)と父ブルース(マイケル・サーヴェリス) ©Joan Murcus
 再び少女期。小アリソンと弟らが葬儀場の棺に隠れて遊びながら合唱する「ファン・ホームにおいで」が愛嬌たっぷりで躍動感に富む。

 子供時代の歌は屈託がないが、やがて父親の「性癖」が家庭に影を落とす。

 一方、都会のカレッジに進学した中アリソンは自身の性志向を意識し始め、ゲイ・ユニオンの扉を叩くかどうかでためらっている。そこで出会ったボーイッシュなジョアンが彼女の針路を決定づける。

 再び少女期。庭仕事を手伝っていた若い男ロイを父ブルースは書斎に招き入れる。

 その隣室で妻のヘレンは

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