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[書評]『習近平の権力闘争』

中澤克二 著

小木田順子 編集者・幻冬舎

「中国の脅威」の内実  

 この夏、何度となく耳にした「日本を取り巻く安全保障環境の変化」という言葉。要は、「中国の脅威が増大した」ということだ。

 国際社会における中国の存在感は、ずっと右肩上がりなのだが、とくにこの数年は、「大国感」が増しているように思える。なぜなのか。中国にどんな変化が起きているのか。それを考える格好の材料となるのが本書だ。

『習近平の権力闘争』(中澤克二 著 日本経済新聞出版社) 定価:本体1600円+税『習近平の権力闘争』(中澤克二 著 日本経済新聞出版社) 定価:本体1600円+税
 著者は日経新聞記者として1998年から3年間、北京に駐在。また2012年からは中国総局長を務め、今年(2015年)2月には、優れた国際報道記者に贈られるボーン・上田賞を受賞した。

 本書では、2012年に中国共産党総書記の座に就いた習近平の、タイトルどおり「権力闘争」の実態を、緻密な取材と抑制のきいた文章で描ききっている。

 習は、毛沢東、鄧小平に続く、新中国「第三の男」の地位を狙っている、というのが著者の見立てだ。

 党のトップの座に就いた者は、スローガンを掲げて政治運動を展開し、自らの権力強化をはかる。

 前任者・胡錦濤が本格的な政治運動に着手したのは、就任から3年後、その前の江沢民は11年後だったが、習が「反腐敗」運動に着手したのは、就任から半年後と、圧倒的に早い。

 初めて「反腐敗」の言葉を目にしたとき、私は、「中国の官僚は汚職が酷いというから、それを減らすのはいいことだ」などと無邪気に思ったのだが、「反腐敗」とはそんなクリーンなものでなかった。その実態は、汚職摘発の名を借りた、政敵追い落としである。

 「反腐敗」運動で権力の座を追われた者は、党の上層部から末端まで、数千人にのぼると言われる。

 中でも、最高指導部・政治局常務委員の経験者である周永康の摘発は、事実上の「政変」と言っていいほどの重大事件だった。著者は、この「反腐敗」運動を、暴力のない「ミニ文化大革命」とまで称している。

 政敵を次々と追い落とす一方、習は、常務委員の数を減らし、党組織を再編し、自らに権力を集中させている。

 大学に対しては、「普遍的価値」(自由・人権を意味する)、「報道の自由」「公民社会」等を論ずることを禁じ、メディアに対しても強力な言論統制を行う。さらに「法治主義」を掲げて(!)、人権派弁護士を次々と摘発する。

 こうして国内で独裁の基盤を着々と固めたうえで、習は外交・安全保障戦略も大きく変えようとしている。

 1990年代に鄧小平が打ち出した「韜光養晦(とうこうようかい)」、すなわち才能を隠して内に力を蓄える路線から、経済大国・軍事大国としての力を前面に押し出した「責任ある大国」路線への転換である。

 それが端的に表れているのが、現在まさにアメリカとの緊張関係が高まっている、南沙諸島の埋め立て問題だ。

 習は「中国の夢」という言葉をよく口にするという。意味するところは、「偉大なる中華民族の復興」。そのモデルは、2000年前の漢王朝とも、7世紀からの唐王朝とも言われる(ちなみに、過激派組織ISが理想として掲げているのも7世紀、ムハンマドが打ち立てたイスラム国家だ。一体いまは本当に21世紀なんだろうか?)。

 習の総書記としての任期は最長で2022年の党大会、国家主席としては翌23年3月まで。「権力闘争」は中国共産党の代名詞のようなものだから、習が野望を達成し、「第三の男」として歴史に名を刻むことができるかはまだ分からない。

 だが、習がトップであるかぎり、日本にとって中国の脅威は増し続けるだろう。「日本を取り巻く安全保障環境の変化」なんて、集団的自衛権を認めたい安倍政権が必要以上に誇張して言っているだけじゃないの?と訝ってきた私だが、その現実は認めざるを得ない。

 そして抑制のきいた筆致で書かれた本書ではあるが、それでも本書を読んで、まったく嫌中の気持ちを抱かずにいるのは難しい。

 文章をこうやって「難しい」で終わらせて逃げちゃいけない、とは思う。が、本書終わり間際のある章の最後を、著者もこう結ぶ。

 「台頭する習近平時代の中国とどう付き合うのか。これは世界と日本にとって難題であり続けるだろう」

 現在の中国を知り尽くした著者にしても、こうとしか述べようがないほどの難問ということなのではないだろうか。

 *ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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