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ケベックの反イスラム襲撃事件とカナダ市民の覚悟

ウィメンズ・マーチを経て再構築されるカナダの平和理念

山田公二 カナダ在住 非営利団体職員

銃乱射事件が起きたカナダ・ケベック市の現場周辺には救急車が止まっていた=ロイター銃乱射事件が起きたカナダ・ケベック市の現場周辺=2017年1月29日、ロイター

保守党政権を乗り越えたカナダとアメリカの暗雲

 現在カナダの政情は、2015年のカナダ連邦議会選挙で、それまで約10年にわたってタカ派志向の外交政策や大企業優先の経済政策を推し進めてきた保守党政権が、市民に「NO」を突き付けられた形で大敗を喫し、ジャスティン・トルドー党首率いる中道左派の自由党が単独過半数を獲得して圧勝するという出来事があったばかり。

 首相となったトルドー氏が、内閣メンバーの半数を女性が占めた理由について問われた際に Because it's 2015.(だってもう2015年なんだよ。)とサラリと切り返したフレーズが時の合言葉となり、トルドー首相の若くフォトジェニックな容姿はカナダ社会の変革を内外にアピールするビジュアル的な象徴となった。

 翌2016年には、世界最大級の規模で毎年トロントで開催されるジェンダーやセクシュアリティなど人間の様々な多様性を祝う「トロント・プライド・パレード」に現職首相として初めて参加した。トルドー首相がおしゃれなピンクのシャツと白のジーンズ姿で、LGBTのプライドを象徴するレインボーフラッグを背景に満面の笑顔で市民とパレードを祝うイメージが配信されると、多くの一般市民が Welcome baaack, Canada!(キタキター、カナダ帰ってきたー!)と安堵と賞賛のメッセージをSNSに載せ、保守党政権で停滞していた民主の歯車が再び動き出したという実感をみんなで共有した。それは、「多様性は力なり」というモットーのもと、人々が持ち続けてきたカナダの平和理念を、正に体現するような瞬間だった。

 ちょうどその頃、カナダの日常の延長上にあるアメリカでは、アメリカが深くコミットしながら益々複雑に深刻化するシリア情勢と並走するかのように、国内でも暗雲立ち込める状況がエスカレートしていた。警察権力による黒人市民に対する暴力的取り締まりが表面化する中、警察によって黒人市民が殺害される事件が多発し、各地でデモや反乱が繰り広げられていた。また、フロリダ州オーランドのLGBTコミュニティの若者たちが集まるクラブで、イスラム系アメリカ人男性によって49名のLGBT市民が無差別に射殺されるなど、銃による大量殺人事件が立て続けに起こり、不穏な事件についての情報がソーシャルメディアによって次々とカナダに押し寄せていた。

 そこでカナダ市民が見たものは、アメリカ大統領選に向けて頭角を現し始めたトランプ候補の、人々の神経を逆撫でするようなファナティックな言動、益々先鋭化する黒人市民の権利擁護運動の台頭、そして、多くの多様な一般市民が大きな事件が起きるたびに大都市の広場に集い、vigil(ヴィジル、追悼集会)を行う姿だった。

 アメリカの混沌を憂いつつ何も関与することができないカナダ市民にとって、この多様な市民が集う vigil のイメージは、自分たちの出来事への関与を正当化し、それを表現することができる唯一の venue (ヴェーニュー、場やその機会)を自分たちで設けようという直感的な気づきにつながった。

 そして、それまでフェイスブックのプロフィール写真などにロゴや色をつけて哀悼や共感を示す程度に留まっていたカナダ市民の反応が、自分の身体を路上に置き、多様な市民と共にリアルな場で想いを共有する、という行動に移っていった。

カナダ市民に突き付けられた「宿題」

 ウィメンズ・マーチの熱気がまだ冷め切らない1月29日に、カナダの平和理念を覆す事件がケベック州で発生した。

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