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[2017年 本ベスト5] AIと労働と

『人工知能の核心』、『隷属なき道』、『飯場へ』……

福嶋聡 MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店

 昨年の秋頃、自店で展開しているAI=人工知能のフェアに並ぶ本たちを眺めているとき、ふと「これは、ただならぬことが起こりつつあるのではないか?」という思いが頭を過(よぎ)ぎった。そして何冊かの関連書を読んでみて、今まで事の重大さに気づかなかった、自らの不明を恥じた。

 21世紀に入ってから、人工知能は、われわれの想像を大きく超えて進化し、その能力はどんどん人間に近づいてきた。「2045年にコンピュータが全人類の知性を超える」(レイ・カーツワイル『シンギュラリティは近い――人類が生命を超越するとき』NHK出版、2016年)という予言も登場する。

 近い将来、人間の仕事の半分が、AIを搭載したロボットに取って代わられるという論者は多い。「9割が」という人もいる。ぼくが「ただならぬこと」と思った理由は、ここにある。そんなことになっては、まずぼくたち本屋が困るからだ。そうなると、書店の売り上げに大きく貢献してくれている資格書、就職本が全く売れなくなるだろう。否、読書への意欲、読書という習慣が失われるかも知れない。多くの人は、未来を見定めて、自身をスキルアップするために、本を読むからだ。

羽生善治の姿勢に学ぶべきこと

 1996年、「コンピュータがプロ棋士を負かす日は?」というアンケートが実施された時、多くのプロ棋士が「そんな日は来ない」と答える中、「その日」をほぼ正確に「2015年」と予測したのが、若き日に頂点に登りつめ、今年史上初の永世七冠を獲得した天才棋士、羽生善治である。羽生は、2015年にNHKスペシャル「天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」(2016年5月放送)に参加、その取材を元に、今年3月、『人工知能の核心』(NHKスペシャル取材班と共著、NHK出版新書)が執筆・上梓された。

 羽生が「その日」を予見したのは、決して敗北宣言ではない。進化し強くなっていく将棋ソフトと対戦しながら、彼は人間の将棋とコンピュータの将棋が全く「べつもの」であることを肌で感じたという。曰く、“棋士の場合には、それを「美意識」で行なっていますが、人工知能にはどうもこの「美意識」にあたるものが存在しない”“人工知能には「恐怖心」がない”更に“人工知能には「時間」の概念がない”。

 こうした違いを見定めた時、人間は、“人工知能とその棋譜に、将棋を学ぶことができる”のである。崇め奉るのではなく、忌避・排除するのでもない。人間との違いを明確に理解して、人工知能と付き合い、学び、利用していく。これからの時代、そうした羽生の姿勢には、ぼくたちが学ぶべきところは多い。

ベーシック・インカムは格差を是正する?

 AIは、往々にしてベーシック・インカム(BI)がセットで論じられる。ベーシック・インカムとは、政府が性別、年齢にかかわらず無条件で、すべての国民に生きるために必要な最低限の金額を支給する制度である。21世紀を迎え、人びとの所得格差が拡大する一方である社会経済的状況下で、ベーシック・インカムの必要性・有効性を訴える声が徐々に高まってきた。

 AIロボットに仕事を取られ、不要となった労働者が所得源を失っても、ベーシック・インカムが実現すればその穴を埋められる。AIの将来について論じる経済学者には、そのように予測・提言する人が多い。「AIとBIがあれば未来はバラ色」と、語呂合わせのように楽観論を述べる人もいる。

 しかし、そんなに簡単にいくだろうか? 

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