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女性医師の問題は医師全体の「働き方問題」である

上野千鶴子 社会学者

女性が参入してきた職場でひとしなみに起きている問題が、女性医師の増加によってようやく医療業界に波及してきた女性医師の「職場」問題は、男性医師の問題でもある

「必要悪」という反応

 東京医科大学の性差別入試事件が報道されてから、わたしを困惑させたのは、医療職のあいだの「必要悪」という現状追認の反応であった。

 『AERA』が伝える女性医師応援のWEBサイトjoy.netによるアンケートによれば「理解できる」「ある程度は理解できる」の合計が65%に達した。朝日新聞が報じるところによれば、医師の人材紹介会社「エムステージ」が現役医師に行ったアンケートでも、「理解できる」「ある程度は理解できる」が65%。『婦人公論』誌上の現役女性医師による覆面座談会でも「得点調整は、『さもありなん』」「男性医師をより多く確保したいと思うのも仕方ないかも」と発言が続く(注1)

 『週刊朝日』の林真理子さんによる「マリコ対談」では、西川史子医師が「医療現場では当たり前のことです」と発言している。林さんの「女性の医師が働きやすい環境にすればすむことだ」との問いかけに対しても「それは現場を知らない人の声だ」と返している。その例に「体重80キロの患者さんを支えるのは無理」というが、それなら看護師も女性には無理ということになるだろう。ただし西川医師も、「(差別意識のない)若い先生たちが教授になれば、(医療現場も)変わってくる」と期待する(注2)

 覆面座談会に参加した女性医師たちは「私立の医大は女子の合格者数を制限していると言われていた」「女子の入りづらさは、コネや寄付金と同じレベルで存在するものとして認識していた」「当時は……そういうものだと」と、「何を今さら」感を示し、「(東医大問題は)うちの職場では話題にも上らなかった」と言う。#MeTooと同じく、女性ジャーナリストたちが「セクハラは業務の一環」だと認識し、「そういうものだ」と受忍してきたことをようやく問題化したように、医療の世界でも「自分が毒されていたというか、これは大問題だったんだと気づかされました」と「目が覚めました」という発言が目を引く。医療の場は長く「聖職」と思われてきたが、そこにもようやく「世間の常識」の波が及んだといえるだろう。
(注1)「緊急座談会 東京医大の得点調整問題をどう見る? 現役女性医師たちが明かす『子育て』『当直』『体力』の壁」婦人公論、2018年9月25日号、中央公論新社
(注2)「マリコのゲストコレクション 西川史子 『差別意識のない若い世代になれば、医療現場も変わると思う。」週刊朝日、2018年9月21日号、朝日新聞出版

 こうした反応の背景として、医学部受験が医師採用人事と同じ機能を果たしてきたことを挙げるひとたちがいる。医学部卒業生は90%以上が医師になる。しかも大学医局の人事支配が続いているので、医学部受験は医師予備軍の採用試験と同じ意味を持つ。したがって採用人事における男子選好が、入学試験にさかのぼっただけ、という見方である。現状では「無理もない」「しかたがない」「やむをえない」という声は男性医師からも女性医師からも聞かれた。だがそれは問題だらけの現状を追認することではないのか?

 女性医師の高い離職率と非正規雇用率、救急や夜勤のほとんどない診療科(耳鼻咽喉科、眼科等)への選好、産休・育休による同僚医師へのしわよせ、都市部への医師の偏在などを理由に、女性医師にこれ以上増えてほしくない、というホンネがのぞく。かつては「オレの医局に女は来るな」という暴言が横行したが、さすがにそれはセクハラという名のレッドカードになった。公言するひとはいなくても、内心そう思っている関係者は多いことだろう。

 だが、以上の傾向の「女性医師」を「女性労働者」に置き換えてみたらどうだろう?

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