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ファーブル昆虫記を子どもにも……奥本大三郎さん

第53回JXTG児童文化賞を受賞。昆虫への情熱と子どもへのまなざしを聞く。

阿部洋子 ライター

第53回JXTG児童文化賞を受賞した奥本大三郎さん(右)第53回JXTG児童文化賞を受賞した奥本大三郎さん(右)

ファーブル研究の第一人者

 昨年、博物学の不朽の名著『ファーブル昆虫記』が完訳された。手がけたのはフランスの生物学者、ジャン・アンリ・ファ-ブル研究における日本の第一人者であり、フランス文学者の奥本大三郎さん。完訳までの道は長く、30年もの月日をかけ、何度も渡仏を重ねた。日本でファーブルの認知度が高く、『ファーブル昆虫記』へ親しみを持っている人がとても多いのは、奥本さんが翻訳をし1991年に刊行された『ジュニア版 ファーブル昆虫記』のおかげだろう。

 実は『ファーブル昆虫記』が児童文学として読まれているのは、日本だけ。本国フランスでも、日本のようにジュニア向けの本は出ていない。その功績が高く評価され、この秋、奥本さんは第53回JXTG児童文化賞を受賞された。その昆虫研究への情熱、そして今の子供たちへ向けるまなざしについて、奥本さんにうかがった。(聞き手・阿部洋子)

「虫好きは生まれつき」

ジャン・アンリ・ファーブル(仏・生物学者)ジャン・アンリ・ファーブル(仏・生物学者)
 「虫好きだったのは生まれつきですね。物心がついた時からということですから。世界中の有名な動物学者を集めて、いつから生き物が好きかアンケートを取ったところ、だいたいみなさん物心ついた時からと回答したそうです。僕も例に漏れず、そういうことですね。だから、その代表として今回ちょうだいしたと思っていますので、本当に嬉しい、感無量ですよ」

 子供の頃からものを集めることが好きだった。ポケットに石を詰めて帰り、よく叱られていたのだそう。

 「ポケットが破れると言って、いつも母に怒られました。ファーブルも子供の時に瑪瑙(めのう)か何かの原石をポケットに入れて、母親に叱られています。世界中どこでも、男というのは無駄を集めるものですね。宝石ではなく、原石を集める。無駄なものに惹かれるのは男というものの性質なのかもしれません。男は役立たずなものですから(笑)」
 「ミツバチのオスは、英語でDrone(ドローン)と言いますが、ドローンには“役立たず”という意味があるんです。雄バチが蜜を取りに行くこともせず、女王蜂と交尾するだけなのでそういう意味になったのかもしれません」

殺生して“遊ぶ”ことが感性を育てる

『ファーブル先生の昆虫教室』(文・奥本大三郎 絵・やましたこうへい)『ファーブル先生の昆虫教室』(文・奥本大三郎 絵・やましたこうへい)
 奥本さんが館長を務める、東京・千駄木のファーブル昆虫館「虫の詩人の館」では、虫の標本のコレクションやファーブルの生家を再現した展示室があるほか、昆虫採集や標本作りの子供向けワークショップも行っている。しかし、近年は昆虫採集する場所が減少したり、動物愛護の観点から採集に否定的な人も増えたのだそうだ。

 「自分の周りに虫がいっぱいいる環境があり、それを殺生して“遊ぶ”、つまりつぶさに観察して絵を描いたりするというようなことですが、そういうことが目を育て、感性を育てると思うんです。デジカメで写真を撮って、ネットに公開することは素晴らしくスマートですが、頭の中を素通りしてしまう気がしますね」
 「例えば、クワガタの絵を描いてみろと言われたら、そらで描けないのでは? ギンヤンマはどんなトンボなのか、マダラヤンマとの違いはなんだろう、というようなことは、細部を見ないと答えられません。生きているものの動きを止めてスケッチをするということは大事なんじゃないかと思います」

寄生虫の巧妙な生活を観察したファーブル

ゾウムシの標本を眺める奥本大三郎さん。左は養老孟司さん=2014年1月28日ゾウムシの標本を眺める奥本大三郎さん。左は養老孟司さん=2014年1月28日
 昭和の時代と比べて、東京で減ったものは何だと思いますか? と奥本さんが問う。駄菓子屋、銭湯、公衆電話……様々なものが思いつくが、答えを聞いてなるほどと納得がいった。

 「それは空き地です。草がボーボーと生えた空き地はまず見ないですね。街が異常に清潔になってきたでしょう。公園の中もカラー舗装にして、何かあると保健所に電話をして、消毒をさせる。虫の生きる隙がない。僕としては、そういう電話をする人を駆除したいぐらいなんですけどね(笑)」

 今の社会のあり方にも警鐘を鳴らす。

 「あらゆるところに隙がない。でも法律は穴だらけなんです。政治にしろ、まるで詐欺師のようなやり方が多いですね。詐欺師というのは、寄生虫のようなもの。蝶の幼虫がもりもり葉を食べて、一生懸命タンパク質を作る。そこに寄生バチや寄生バエが飛んできて、卵を産む。さらに寄生虫に寄生するものも出てくる」
 「でもそれは、本来監獄で看守の目を盗んで何かするというような話なので、普通に自分が植物を食べて、タンパク質を作るほうが生物としては楽なんです。それでも寄生虫たちはいっぱいいます。人間社会と同じですね。そして寄生虫たちがいかに巧妙に生活をしているか。それを研究した人こそがファーブルなんです」

虫の世界を通じて社会を見ると……

 虫の世界を通して、自分たちの暮らす社会を見ることは、深い学びと新しい発見に満ちている。ファーブルの研究、そして、奥本さんが手がけてきた仕事はそれを知らしめるものだろう。

 ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」で続けてきたワークショップは毎回大人気なのだとか。現在は、初期に参加していた子供たちが親となり、自分の子供を連れて参加することもあるという。

 「今では参加してくれた人たちの同窓会ができています。 それは本当に嬉しいこと。しかし、最近は昆虫の標本製作教室を行うと、小学5年生以上の子供はなかなか来ませんね。塾通いがあるからでしょう」
 「ですが、虫の世界や自然に触れることで、学び育つことというのは本当に多い。今この日本にいて受験勉強をする限りは、考え方に一定の型ができてしまうような気がします。その一方で、面白いアイディアや柔軟な発想は、ますます必要となってくる。そのためにも、子供たちの虫の世界への入口として今の活動を続けていきたいと考えているんです」

奥本大三郎(おくもと・だいさぶろう)さん
大阪府生まれ。東京大学仏文科卒業、同大学院修了。フランス文学、特にボードレール、ランボーなどの象徴派詩人の研究を専門とする。大阪芸術大学教授、埼玉大学名誉教授を歴任。2002年よりNPO日本アンリ・ファーブル会理事長、ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」館長を務める。主な著書に『虫の宇宙誌』、『楽しき熱帯』、『星の王子さま』など。現在、朝日小学生新聞に『ファーブル先生の昆虫教室』を連載中。