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築地市場の「のれん」を発展させる「解放区」

永尾俊彦 ルポライター

「お買い物ツアー」/2018年11月13日「お買い物ツアー」=2018年11月13日、撮影・筆者

 築地市場を守ってくれると期待し、2016年の都知事選で小池百合子現知事の当選に力を尽くした仲卸は結局裏切られ、豊洲市場への移転を余儀なくされた。しかし、築地市場存続を諦めていない仲卸らは、築地伝統の「のれん」を武器に昨年、築地市場営業権組合を結成した(ここまで前稿/2月21日配信)。それを市民が「お買い物ツアー」で支え、都に営業権を認めさせ、築地市場再整備につなげようとしている。

加害者が被害者の受忍限度を決める傲慢

 2018年6月21日、築地市場営業権組合は設立と同時に東京都に「営業権を認めるか」などの公開質問状を出し、文書による回答と意見交換会を設けるよう求めた。

 都は文書での回答はしなかったが、同年9月21日、意見交換会を開いた。都から職員3人、同組合から約20人が出席した。都は非公開としたが、録音は許された。それを聴くと、仲卸らは営業権による損失補償を要求したが、都は営業権を認めず、概略こう答えている。

 「豊洲移転で不利益をこうむっても、それは仲卸が都の所有する市場を使うことによる『内在的制約』だから、受忍すべきであって補償を求めることはできません」

 「内在的制約」という難しい言葉で粉飾しているが、要するに「都の施設を使わせて商売をさせてやってるんだから、我慢しろ」という理屈だろう。権利はお上が下々に与えてやるものという傲慢な発想だ。

 都の主張に明治学院大学名誉教授で同組合を法的側面から支える熊本一規さん(前稿参照)は、「セクハラで、加害者が被害者の受忍限度を決められると主張しているのと同じです」と批判した。

 2018年10月、築地市場の豊洲移転問題に関心を持つ研究者の和田裕一さんが開示請求をしたところ、都は実は公開質問状に対する回答案の文書を作成していたことが分かった。

 回答案を作成していながらなぜ文書で回答せず、意見交換会でも示さなかったのか。私の質問に都の職員は、「どう対応するかはウチの判断です」と開き直った。和田さんは、「示してしまうと(後日予想された)仮処分の審尋で不利な証拠になるのを恐れたのかもしれません」と推測した。都の自信のなさがうかがわれる。

解体が進む築地市場/2018年11月20日解体が進む築地市場=2018年11月20日、撮影・筆者

「のれん」の威力

 2018年10月11日、ついに築地市場の解体工事が始まった。営業権を主張し、営業を続けることが解体を止めることになる。豊洲市場の土壌汚染問題などを追及する一級建築士・水谷和子さんも熊本理論を学び、ツイッターで仲卸業者らの営業を支える「お買い物ツアー」を呼びかけた。

 同日午前8時、築地市場正門前には「お買い物ツアー」の客、約100人が詰めかけた。

 「築地市場は閉場してございます。お買い物は豊洲市場でお願いします」

 都の職員はこう繰り返し、ほか数人の職員と両手を広げて入場を阻止。熊本さんも駆けつけ、都の職員に「『閉場』の法的根拠は何ですか」と問うた。職員は答えず、ただ「築地市場は閉場してございます」と繰り返すだけだ。

 20分ほどの押し問答の末、「入りましょう、入りましょう」と買い物客は制止を振り切って入場した。

 一行は、市場内の仲卸店で買い物を始めた。都の職員が、「旧築地市場で営業することは豊洲市場での営業許可の取り消しを含む処分の対象になります」と警告した。

 だが、仲卸は、「私は営業権に基づき、営業しているだけです」と答える。熊本さんが、「営業権は都の許可、もしくはのれんに基づいて発生しますが、今、この仲卸の方はのれんに基づいて築地で営業しているんです。のれんに基づく営業権が存在しないというなら、証明してください」と反論。

 都職員は無視し、警告を繰り返す。が、買い物は止めない。いや、法的根拠が示せないから止められないのだ。「のれん」の威力だ。

 用意されたアジやサバの干物、ウニのビン詰めなどは30分ほどで完売した。

 ツアーに参加した女性(53歳)は「都民を守るべき都が、営業権のある都民を守らないなんて地上げ屋のよう」と感想を語った。

 卸売市場法14条は、中央卸売市場を廃止するには農林水産大臣の認可が必要で、「一般消費者及び関係事業者の利益が害されるおそれがない」時でなければ認可してはならないと定めている。熊本さんは、「市場解体には廃止の認可が必要で、営業が続いていれば『利益』を害することになり、認可できません」と買い物客に説明した。

 私は農水省の卸売市場室に、廃止の認可がなくても市場を解体できるのか聞いた。「都からは卸売市場法11条の業務規程の変更(築地の位置と面積などを豊洲に変更する)の申請があったので、認可しました。築地市場をどうするかは都の管理になる」と答えた。

 解体するか否かは都の勝手ということだが、都が同法14条の廃止の認可は得ていないのは確かだ。熊本さんは、「地方自治法でも公共施設の廃止には議会で出席議員の3分の2以上の賛成の議決が必要です」とも指摘した。

 その後も「お買い物ツアー」は連日開催された。

ガードマンの妨害をはねのけて築地市場内(右側)に入ろうとする熊本一規さんと気遣う村木智義さん(マイクを持った人)/2018年10月18日ガードマンの妨害をはねのけて築地市場内(右側)に入ろうとする熊本一規さんと気遣う村木智義さん(マイクを持った人)=2018年10月18日、撮影・筆者

「壁を乗り越えました!」

 10月18日、都は正門前に高さ2メートルほどのバリケードを設置して封鎖、入場を阻んだ。

 だが、仲卸の村木智義さん、杉原稔さんら築地市場営業権組合の組合員と熊本さんは、500メートルほど西側に回り、同市場を貫通する予定の環状2号線の工事現場のフェンスの間に設けられた階段から市場内に入ろうとした。

 その際、ガードマンが階段の上に立ち、先頭の村木さんや熊本さんの侵入を身体で妨害した。ガードマンを押しのけ、村木さんと熊本さんは場内に入った。「お買い物ツアー」の客約100人も続いた。

 だが、入場してからも都の職員やガードマン数十人が両手を広げて「壁」を作り、通行を妨害する。

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