絶滅危惧芸能を受け渡し
2019年06月06日
皆さんはじめまして! 浪曲師の玉川奈々福と申します。
読んでくださる方々の、どれだけの方が、「浪曲」という芸能をご存知か。
そして、ナマの浪曲を体験したことがあるか……。
ライブに来ていただければ、あなたの胸をズギュン!と、必ずや撃ち抜いてみせるんですけれど。
見たことないよ、という方へ簡単にご説明。
浪曲とは、物語を語る芸能であります。物語を語る芸っていうのは、日本にはいっぱいあって、お能も狂言も、義太夫節も、講談も落語もそうですが。
浪曲は比較的新しい。明治時代に生まれた芸です。そして一人じゃなくて、演者と三味線の二人で演じます。
舞台はこんな感じ。
こんなかわいいお師匠さんです。
で、こんな二人連れで、全国さまざまなところで浪曲を披露し、またさまざまな角度の企画で舞台に立ちます。
そんな私の、旅……それは、本当に北から南へ、はたまた外国への、実際の旅かもしれないし、さまざまな企画に臨む心の旅かもしれないのですが、浪曲師の、旅する日常を、書き綴っていきたいと思います。よろしくねっ!!!
とはいえ、初回なので、旅に出る前に、浪曲師の、とある一日の様子を、つづってみたいと思います。
浅草に、日本で唯一残った浪曲の定席の寄席小屋があります。
浅草寺を拝んで、90度左に向くと、五重塔の向こうに「おまいりまち」と書かれた門が見える。このおまいりまち商店街に入って50メートルほど歩いた右側に、色鮮やかな幟のはためく、
「え? ここは令和でも平成でもなく……昭和?」
という雰囲気の小屋が見えます。2階が大衆演劇の木馬館、1階が浪曲定席木馬亭。
今日は木馬亭の出番。開演は12時15分ですが、わたくしの出番は3番目で、12時55分のアガリ(舞台に出る時間のこと)。
前座の頃は、朝10時に寄席にはいって、舞台や楽屋の拭き掃除から始めたものです。
わたくしはつらく悲しい経験を何度もしてきています。
後輩たちが何人も入ってきた。でも何人も辞めて行った。
だから心が用心して、いつでも前座に戻れるようにと、前座さんの入る時間に楽屋入りするのが常でした。が、あるとき弟弟子に、
「姉さん、早く来られると前座が困りますからいい加減にしてください」
えええええ???
弟弟子に叱られました。自分たちを少しは信用しろと、言うわけです。
ふん。なによ、なんにもわかってないくせに、と思いつつ、しかたなく、いまは出番の2時間前くらいに入ります。
商売の声を出す、4時間以上前に起きること。これ、鉄則。
浪曲は舞台で、独特の発声で強い声を出します。起き抜けは声が出ません。声帯が起きて十全に稼働してくれるまで最低4時間はかかる。ので、13時に舞台に上がるのなら、9時には起きなければならない。いや、舞台は13時だけれど、その前に楽屋で「声出し」をするから、8時には起きます。
昨日まで旅仕事だったから、疲れが抜けない。泥のような身体を布団からひっぺがして起きたら、まずうがいをして喉を湿らせ、そのまま軽く30分ほどストレッチ。
喉や肺のまわりをやわらかくしときたい。そういえば、最近通い始めたジムのトレーナーさんに、体幹がとっても強い、軸がブレないって褒められました。運動はカラダに悪いと信じて、身体を動かすことは、ストレッチ以外やってきてなかったから、びっくりしました。きっと呼吸筋を鍛えているからだろうと思います。
さて今日はなんのネタをやろう。
これが2019年6月の浪曲定席木馬亭の香盤表。本日は3日。
私の前に上がるのは、入門1年ちょっとの天中軒すみれさんと、入門13年目の東家一太郎さん。二人の持ちネタを思いつつ、ネタが重ならないように、いくつかの候補を考えます。今日は講談が大人気の神田松之丞さんの出演だから、たぶん混むであろうし、浪曲初めてという方もけっこうおられるかも……じゃあ、こういう感じがいいかなあ、と、いくつか想定しながら、今日の支度。
浪曲師は仕事着である着物一式以外に、演台にかけるテーブルかけ(業界用語で、そう申します。最初は衝撃を受けましたが、慣れてしまいました)を持参します。絹地に、画家の方に直接絵を描いてもらった、これそのものが美術品、というヤツです。重い。今日は定席だから着物とテーブル掛けだけでいいけれど、外のお仕事のときには、お客様に配るチラシや、柝頭(拍子木)なども入れるから、トランクは20キロくらいになります。はい、浪曲師は腕力も相当強いです。
行きのバスの中でネタを繰る。先月はひと月に、20演目くらいをとっかえひっかえ演じました。頭休まる暇、ないです。ぼーっとどっかに旅したいなあ。
木馬亭到着。楽屋入りの早い、お三味線の沢村豊子師匠御年82歳、にご挨拶。あ、浪曲は一人の芸ではありません。お三味線と二人の芸。浪曲には譜面がなく、浪曲師と曲師が息を合わせながらつくっていく芸。誰と組むかによって芸が全然変わってきます。私はもう17年、名人・豊子師匠に主に弾いていただいています。
私より早く楽屋に入られた皆さんにご挨拶。
浪曲は、現在全国に80人くらいしかいない、絶滅危惧芸能であります。
その浪曲に、3月に7人も新人が入ってきました。今日も楽屋に、前座さんが6、7人います。これ、一大勢力です。
「奈々福師匠おはようございます!」「おはようございます!」「おはよう……」「おは」「おは」……君たち、並んで一挙に言ってくれ!
きものは、二枚持ちします。前に出る演者と、万一色が重なったら、別の色に変えられるように。これは私の大師匠・三代目玉川勝太郎以来の教えです。
そして、ネタも重ならないように。今日は開口一番が義士伝、2番目が侠客伝なので、軽く楽しいネタで行こうと決めて、豊子師匠の三味線で「声出し」をしてもらいます。
「声出し」。これは、その日の声の調子を確認し、喉をならしておくためにするもので、これをしないで舞台に上がってしまうと、急に声帯の血流がよくなってかゆくなって咳き込んでしまったりするのです。豊子師匠と、軽く段取りの打ち合わせ。
出番前に、楽屋にお客様。来年の仕事のご依頼のために、わざわざご挨拶に見えた方としばしお話。それからお化粧して、髪を、暴れても動かないようにかためて、着替えます。
先々月、入門24年目で、初めて弟子をとりました。弟子の仕事はまずは師匠の後見。楽屋働き。私の着替えの呼吸を覚え、必要なときに必要なものを渡し、手を添えることを覚えてもらわねばなりません。弟子、見習い期間も含めて5か月で、呼吸を覚えつつあります。
さて、出番。柝頭が鳴って、幕が開き、お師匠さんが出囃子を弾いてくれます。
満杯の客席。初めての方も多かろうと、浪曲鑑賞講座をマクラでやりつつ、左甚五郎のお話を一席。マクラで指導した甲斐あって、掛け声もかかり、よく笑い、よく拍手してくださる客席でした。
寄席がハネたのが16時15分。幕が閉まり、追い出しの太鼓を前座さん打ち、楽屋の片づけが終わったあと、その楽屋で、お弟子さんたちのお稽古です。豊子師匠のお弟子さんは三味線のお稽古。私の弟子は、節のお稽古。豊子師匠が三味線の手本を、わたくしが、節の手本を。
弟子に入った子たちに教えるのには、一切お金をとりません。これ時々びっくりされますけれど、弟子入りはお稽古事とは違います。弟子は己を滅して師匠に仕え、師匠は無償で芸を伝授する。
教えながら、つくづく思います。私は、うつろな器である。いま弟子に教えているこのことも、このことも、教わって、私という器に備わったこと。誰からどのように教わったかを、逐一覚えています。どんなに悩んで覚えてきたかもよみがえります。それを、次の人に手渡していく。
それにしても、この子たちが一人前になるまでというものは、気の遠くなる道のりだなあ。これを乗り越えていくのは本人の情熱だけです。見たところ、まだまだぬるい。自分の追い込み方が甘すぎる。あたしはしらないよ。あんたががんばるかどうか、だよ。
稽古のあと、またまたお仕事の打ち合わせ。そして帰宅して、この原稿を書いています。まだまだ今日が終わらない。
明日は打ち合わせ2件と、豊子師匠の病院の付き添い。はい、浪曲師と曲師のコンビには、公私の別はほぼありません。あ、そんなコンビはうちだけかもしれない。でも、お師匠さんの、きらきら輝き、ころころ涼やかに鳴るすばらしい音色が、私を支え、背中を押してくれる技が、いつまでもいつまでも冴えわたるように支えたい。だから、病院にも付き添うし、愚痴も聞くし、おいしいものおごってさしあげるし……いろいろ大変なんです。
こんなわたくしの、次回からはさまざまな旅の日常をつづっていきたいと思います。
どうかお付き合いくださいませ!
近々の予定
☆6月16日午後2時~3時30分
男女共同参画週間記念講演会
「ほとばしる浪花節!玉川奈々福浪曲会」
男女平等についてのお話と、浪曲
東京都文京区本郷4-8-3
文京区男女平等センター研修室A
入場無料
定員:先着150人(当日直接会場へ)
☆6月20日 午後7時6月19日発売のCD 刀剣歌謡浪曲「舞いよ舞え」/恋々芝居/銭形平次捕物控 玉川奈々福殺人事件 COCA-17640 1667円(税別)
日本コロムビアからCDデビュー
「舞いよ舞え」「恋々芝居」
リリース記念イベント
東京都渋谷区円山町1-5
KINOHAUS 2F 渋谷ユーロライブ
ゲスト:熊谷真実
2000円
予約:ななふく本舗 tamamiho55@yahoo.co.jp
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