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キリスト教界誌『福音と世界』編集部に聞く本道

アナキズム、沖縄、労働……この雑誌だからやれるマイナーなことをやる

丹野未雪 編集者、ライター

「福音と世界」創刊号。寄稿者に椎名麟三の名がある。

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2019年のバックナンバー。取扱店は全国大型書店、都内一般書店、全国キリスト教書店のほか、新宿・模索舎、同・IRREGULAR RHYTHM ASYLUMなど『福音と世界』2019年のバックナンバー。取扱店は全国大型書店、都内一般書店、全国キリスト教書店のほか、新宿・模索舎、同・IRREGULAR RHYTHM ASYLUMなど=撮影・筆者(以下同じ)

「神と世界に仕えるために、神と世界から離脱せよ」

 時事的な社会問題を特集、キリスト教界誌というイメージを覆す企画を次々と打ち出し、いま、静かな注目を集めている月刊誌『福音と世界』。「こちらとしてはあくまで本道」と語る編集部の堀真悟さん(30歳)に会ってきた。

堀真悟 1989年生まれ。早稲田大学大学院在学時よりキリスト系団体の出版局の月刊誌編集に関わる。2016年、新教出版社入社。月刊誌『福音と世界』での主要特集に「労働に希望はあるのか」(2018年6月号)、「アナキズムとキリスト教」(2018年10月号)、「人類学とキリスト教」(2019年4月号)、「『差別』再考」(2019年6月号)、「現代のバベルの塔――反オリンピック・反万博」(2019年8月号)など。書籍編集も担当しており、『未完の独立宣言――2・8朝鮮独立宣言から100年』(今秋刊行予定)、『主は偕にあり――田中遵聖説教集』(12月刊行予定)などを準備している。

編集部の堀真悟さん編集部の堀真悟さん
——ポピュリズム、民主主義、労働、LGBTQに関する特集など、キリスト教界誌の枠を打ち破るような企画が続いています。誌面に並ぶ顔ぶれも、最新号の7月号ではラッパーのDyyPRIDEさんのインタビューが掲載されるなどユニークで、信仰を持たない側から見ても大胆だと感じますが、どういった狙いがあるのでしょうか。

堀 地味で固そうなキリスト教界誌なのにこんなことをやっている、というギャップを狙っている部分と、しかしこれが本道だという部分があります。たとえば、2018年10月号の特集「アナキズムとキリスト教」で巻頭を飾るのは、栗原康さんの「キリスト抹殺論」です。「福音の地下水脈(アンダーグラウンド)」というインタビュー連載では、写真家の植本一子さんにお話をうかがったり、さきほど話にでたラッパーのDyyPRIDEくんに登場してもらったりしていますが、二人ともいわゆるキリスト教というものにまったく関係のない方です。なぜこうした人選をしているかというと、彼らはキリスト教が呼びかけることができていないところに、本当の言葉を届けている人たちだと思ったんですね。

 キリスト教は、規範を生み出し、それに基づき他者を裁くというように、とかく規範的な正しさを追求してきた。でも、源流をたどれば、正しさのためではなく、湧き上がるように実感する「本当のこと」のために闘ってきたことがわかる。フランスの思想家のシモーヌ・ヴェイユ、ドイツ革命を牽引したアナキストのグスタフ・ランダウアーが思い浮かびますし、なんといってもイエス・キリストがそうです。

 ランダウアーは「神と世界に仕えるために、神と世界から離脱せよ」と語っていますが、僕の大好きな言葉です。キリスト教には「文書伝道」という用語があるんですが、思想を述べ伝えるのではなく、なんというか、キリスト教の「外」にあって、深い位相で言葉を扱い、表現している人たちに教えてもらい、一緒に考え、学ぶということが必要かなと。こちらとしてはあくまで本道をやっているつもりなんです。プロテスタント系のキリスト教界誌である『福音と世界』の主な読者は当然クリスチャンなんですが、あまりそこだけに訴えかけて自己目的化しても頭打ちになってしまう。

やりたい企画は押しの強さで通る

2018年に実施したトークセッションを書籍化した、『統べるもの/叛くもの――統治とキリスト教の異同をめぐって』。雑誌と書籍、イベントを有機的に結びつけることを継続していきたいという2018年に実施したトークセッションを書籍化した、『統べるもの/叛くもの――統治とキリスト教の異同をめぐって』。雑誌と書籍、イベントを有機的に結びつけることを継続していきたいという
——キリスト教の「内」だけでなく、「外」へもはたらきかけたのではと思います。読者からはどういう反応がありましたか。

堀 20〜30代の読者からは内容がものすごくよくなったという声を聞きます。僕は営業にも行くんですが、今年になって認知度が格段に上がったと感じていて。いままでは、都内の一般書店に行っても、こういう会社でこういう雑誌でと、自己紹介からはじめなければならなかったのが、雑誌名をすでにご存じのうえに、「ぜひ扱いたい」といってくれる。インディペンデント系の書店どうしで読書会をやっていて、そこで読んだという書店員さんもいました。執筆依頼をしたときに、注目していたと返信をいただくこともたびたびあって、僕の与り知らぬところでキャッチ・アップしてくれていると思うと、本当にうれしいですね。

——企画のおもしろさによって、あらたな読者を引き込んでいると。こうした方向性に舵を切った理由はなんでしょうか?

堀 僕は2016年12月に入社したんですが、そのころは宗教改革500年記念にあたり、連続特集が組まれていました。契機になったのは、2017年9月号の沖縄特集かなと思います。沖縄のヒップホップについて、カリブ/ディアスポラ研究者の浜邦彦さんに執筆してもらったんですが、「記事のトーンが変わったね」と、まず社内で好意的な反応があって。それから、特集「かざることの神学」(2017年10月号)でタトゥーについて取材したり、「ポピュリズム・デモクラシー・キリスト教」(2017年12月号)で社会思想史家の酒井隆史さんに寄稿してもらったりしたところ、社内外で評判がよかった。

 それで、どうやらこれまで自分が学生のころからやってきた社会学・人文学をキリスト教とすり合わせることが可能だし、かつ、自己批判しつつそれをさらに乗り越えていく強力な武器になるんじゃないかと思ったんです。近刊の特集「現代のバベルの塔――反オリンピック・反万博」(2019年8月号)でも、旧約聖書のバベルの塔の物語に根ざしつつ、反オリンピック・反万博にむけて神学・人文科学・社会科学・アクティビズムの知を総結集させています。8月2日には関連したトークイベントを新宿のカフェ★ラバンデリアで開催予定です。

ヒップホップ好きの堀真悟さん。よく聴くCDをデスクに積んでいる。現在、牧師である山下壮起氏による『ヒップホップ・レザレクション――ラップ・ミュージックとキリスト教』(7月刊行予定)を編集中ヒップホップ好きの堀真悟さん。よく聴くCDをデスクに積んでいる。現在、牧師である山下壮起氏による『ヒップホップ・レザレクション――ラップ・ミュージックとキリスト教』(7月刊行予定)を編集中
——編集部には編集長がいないと聞きました。企画内容についてどのように話し合い、決定しているのでしょうか。

堀 部員は社長の小林、立教大学の大学院生でもある工藤、そして僕の3名です。月に一度、企画会議をやっていますが、

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