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演劇ワークショップに現れた「老怪人」

高齢者、認知症と楽しく生きる俳優の覚え書き(3)

菅原直樹 俳優・介護福祉士

 東京で俳優をしていた筆者は2012年、家族とともに岡山県和気町に移住し、老人ホームに就職した。そこで実感したのは「老い」の豊かさ。それを演劇を通じて地域に発信したいと考え、入り口として「介護と演劇は仲がいい」ことを知ってもらうワークショップを企画した。ここから「老いと演劇」の活動が始まる。

おかじい、一番乗りでやってくる

 2014年6月8日に和気商工会館3階にて「老いと演劇のワークショップ」を開催した。これがOiBokkeShiの活動第一弾となる。

介護と演劇初めてワークショップを開催した時のチラシ
 当日、会場の設営を済ませて、受付まであと1時間というとき、緊張している僕はトイレと会場を落ち着きなく行ったり来たりしていた。始まる前にもう一度プログラムの確認をしようと思ったとき、ロビーのエレベーターが開き、一人のおじいさんが入ってきた。

 まだワークショップの開始まで1時間以上ある。この和気商工会館の1階と2階は図書館なので、図書館の利用者が間違えて3階に上がってきてしまったのだろうか。「図書館はこの階ではありませんよ」と声をかけようとしたら、僕の顔を見て「あなたが菅原さんですか。新聞で見るよりいい男じゃが」と言ってきた。

 どうやらワークショップの参加者のようだ。どんな人が来るかと心待ちにしていたのだが、思った以上におじいさんだったので驚いた。白髪頭で小柄な体格で、年齢は80代だろうか。

 おじいさんは、新聞に掲載されたワークショップの記事を読み、「認知症を演じて受け止める」という見出しに関心を持って、岡山市南区からやってきたという。岡山市南区から和気町までバスと電車を乗り継いで1時間以上かかる。同い年の奥さんが認知症を患っており、奥さんとの関わり方に悩みを抱えているようだ。

 僕は話を聞きながら、実際に家族を介護している人が参加してくれたことを嬉しく感じたのだが、一方で、このおじいさんにはワークショップは難しいのではないかと思っていた。

 ワークショップでは、運動量の多いシアターゲームをしたり、グループで話し合って寸劇を作ったりする。おじいさんは歩くのが辛(つら)そうだし、耳が遠いので会話が難しそうだ。僕はおじいさんにそれとなく見学をすすめてみた。しかし、おじいさんは自分の話を延々と続けて、僕の声は全く届いていないようだった……。

 本人はやる気のようなので、そのまま参加してもらうことにした。参加者にはニックネームを書いた名札をつけてもらう。「あだ名は何がいいですか?」と尋ねると、おじいさんは「岡田というので、おかじいはどうですか」と言った。スタッフは「おかじい」と書いた名札をおじいさんのシャツに貼った。

おかじい、ワークショップを乗っ取る

 会場には約30名の参加者が集まっていた。若い世代も多く、平均年齢は40歳くらいだろうか。その中に一人だけおじいさんがいる。ワークショップについていけるのだろうか。置いてきぼりにならないだろうか。開始直前、僕はおかじいのことばかり考えていた。

 そこで、ワークショップが始まってすぐに、思い切っておかじいに話を振ってみた。

 すると、おかじいは「待ってました」と言わんばかりに立ち上がった。

 「皆さん、岡山市から来た、おかじいです。よろしくお願いします。いやー、驚きましたね、私が喋(しゃべ)っていいですか? そしたら少しだけお時間をいただきます。皆さんにクイズを出したいと思います。さて、おかじいは何歳でしょうか? 当てた人には帰りにラーメン一杯おごりますよ」

 おじいさんの独壇場になってしまった……。参加者は順番に「80歳」「69歳」「72歳」と答えていくのだが、結局、おかじいの実年齢を当てた人はいなかった。おかじいが「正解は88歳です」と言ったとき、参加者一同「えー!」「若い」「元気」などの驚きの声を上げた。おかじいは得意げな表情を浮かべた。

 調子に乗ったおかじいは、さらに次のクイズを出そうとする。このままではワークショップを乗っ取られてしまう、と危機感を持った僕は慌てて止めに入った。

 「もうちょっと、いいじゃないですか」
 「いや、ワークショップの時間がなくなってしまうので」
 「あと一問。10分だけ」
 「いや、結構長いですよ、10分は」

 なんだか漫才のような感じになってきた。しかし、このやり取りのおかげで全体の緊張が一気に解けた。

介護と演劇三重県総合文化センターで開催した「認知症ケアの知恵ぶくろ」=松原豊氏撮影

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