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少女の眼光に導かれ、民衆芸能の宝庫へ

徳島芸能聖地巡礼 その2

玉川奈々福 浪曲師

ライブハウスのトイレで運命の出会い

 前回、徳島にはまっている話を書きました。

 その第2弾です。

 徳島の滝のすばらしさ、そして人々やお茶や、食べ物の素敵さにすっかり魅せられ、なんとか若手浪曲師たちを引き連れて、ここで合宿とかできないかな~と漠然と考えていました。 

奈々福旅日記CD「阿波の遊行」
 ある日。お仕事で、東京・代官山にあるライブハウス「晴れたら空に豆まいて」というところで浪曲をすることになりました。トイレに入ったとき、目の前に貼ってあったチラシに、ぎゅわーんと目が惹(ひ)きつけられた! なかなか存在感のある眼光鋭い少女が、上目遣いでこちらをぐっと見ている写真。そして、その脇に添えられたタイトルは。

 「阿波の遊行」……CDのチラシでした。

 私は亡くなられた俳優の小沢昭一さんのファンでした。いや、ファンというよりは、私淑しているといったほうが正しい。

 俳優としての小沢さんも大好きですけれど、『日本の放浪芸』このかたの、高度成長期に声もあげずに滅びていった、路上のさまざまな芸能を、小沢さんが現地を丹念に歩き訪ねて取材した記録は、浪曲師である私にとって大変ありがたく、貴重なものです。いま自分のやっている芸能の、ルーツへの想像力が、この記録を読み、聴くことで、かきたてられる。ただ、感謝しかないです。

奈々福旅日記小沢昭一さん(1929~2012)。映画や舞台、放送と幅広く活躍し、大道芸、放浪芸の研究にも力を注いだ

民衆の歌、記録した舞踊家の情熱

 小沢さんが興味を持ったのは、「遊芸稼業人」。すなわち、多くは寄席や大道で、芸ひとつでお金を稼ぐ遊行の徒。

 だから小沢さんに私淑するものとしては、「遊行」という文字には強烈に惹きつけられるし、なおかつそれが、「阿波=徳島」とくっついてたんで、思わずトイレで「なにこれーっ!」と声をあげてしまったのです。

 そして、そのCDを買って聞いてみて、さらに、私は驚いた。

 ――なんという生き生きとした、土着の歌の世界であることか。

 それは、徳島の、地域地域で歌い継がれてきた歌の数々。

 盆踊りの歌だったり、神楽歌だったり、「とうとうたらり……」という、お能「翁」の冒頭の詞章で始まるものがあったり、民謡っぽいもの、浄瑠璃っぽいもの、小唄的なもの、労働歌、ちょっと卑猥なバレ歌的なもの……地域地域で、他から害されることなく受け継がれてきたもので、中世からの古形をそのまま残している歌も多いという。ものすごいバリエーションがあり、そして、歌が、躍動している。生きることと、生活することと密着した声々が、うわ~っと立ち上ってくる。

 これは、とある個人の手によって主に記録されました。

奈々福旅日記檜瑛司さん(1923~96)

 鳴門出身の現代舞踊家・檜瑛司(ひのき・えいじ)氏。四国には皆で歌い踊れる民謡はないのだろうかと、1968年から20年間、個人で、録音機とカメラを担いで、徳島県内のすみずみを歩き回り、主に「神踊り」と言われる、地域地域の歌の数々を収録した。同時に写真も撮った。音はオープンリールテープでご家族が大事に保存されていたのだけれど、劣化しはじめていた。それを、「晴れ豆」の社長にしてシンガーである越路よう子さんが、なんとか残したいと努力され、多くの人の尽力でデジタル化され、音楽プロデューサーの久保田真琴さんのプロデュースによって出された由。檜さんが取材して収録した、地域地域の歌は、なんと900曲以上もあったとか。全部ではないけれど、久保田さんのセレクトにより編まれました。

 久保田真琴さんのライナーノーツから引用すれば――

世間的に知られた浄瑠璃音楽の楽師達が、村々に請われて盆踊りの櫓で村人を夜通し踊らせる浄瑠璃崩し、金属を溶かすためのフイゴを力合わせて歌いリズムを取るたたら達の労働歌。神踊りと呼ばれる開かれたお神楽。覗きカラクリ、三番叟などの放浪の門付け芸、大胆で滑稽、あるいはシュールな数え歌……驚異的な密度で歌が広がっている。

 こんなに豊かな歌世界がありながら、当の徳島県内の人たちが、ほとんど認識していなかったというのだから、それにも驚きます。

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