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「なつぞら」、広瀬すずファッションショーの無念

矢部万紀子 コラムニスト

 朝ドラ「なつぞら」の最終回の2日前、朝日新聞の「ひと」欄に小田部羊一さんが出ていた。<「なつぞら」の時代考証を担当した名アニメーター>とあった。写真の小田部さんはグレンチェックの長袖シャツを着て、両手を頭に乗せている。すごく決まっている。年齢を見ると83歳だった。なんておしゃれな83歳なんだ。

「なつぞら」の時代考証を担当した「なつぞら」のアニメーション時代考証を担当した小田部羊一さん

 小田部さんは「なつぞら」のヒロインのモデル、故・奥山玲子さんの夫だった。1963年に職場結婚したそうだ。奥山さんのことは「美人でファッショナブル。女性社員の先頭に立ち、子育てをしながら働く道を切り開いた」と書かれていた。

 アニメーター同士、さぞやおしゃれな夫婦だったろうと思う。見かけだけではない。前回の東京オリンピックの、それより1年も前に結婚し、妻が旧姓で働くことを選択する夫婦などどれだけいただろうか。生き方もかっこいい夫婦だったに違いない。

 ああ、それなのにそれなのに。「なつぞら」のヒロイン・奥原なつは、確かにすごく「美人でファッショナブル」だった。広瀬すずさんだから、ほっといても美人でファッショナブルなのに、それを強調する演出が施された。その結果、「働く道を切り開いた」感がごく薄くなってしまった。今の時代に奥山さんをモデルにしたのは、そちらがあってこそだろう。だけど、それが伝わらなかった。働く道を歩いてきた奥山さんの後輩の1人として、残念だなー、もったいなかったなーと思う。

 簡単に説明すると、戦争孤児のヒロインが東京から北海道の十勝に来て、死んだ父の戦友の家で育てられる。その小学校3年から高校3年までの10年間が前半。アニメーターという道を志し、上京してからが後半。「東洋動画」という会社に入り、結婚、出産を経て、作画監督として人気アニメを何作も世に送り出した。

 前半の素晴らしさはあとで書く。エピソードに説得力があり、それが次へ次へとつながっていった。中でも草刈正雄さんが演じたおじいさんが最高だった。初回から2週間、子役が演じた幼いなつとおじいさんとのやり取りに、毎日きっちり泣かされた。

 あのまま進めば「なつぞら」は傑作になっていたと思う。さすが朝ドラ100作目と、後世に名を刻んだかもしれない。が、そうはならなかった。後半がゆる過ぎて、私は途中から「ノー草刈、ノーなつぞら」と結論した。そして最後まで、それは覆らなかった。あの前半が、なぜあの後半に? 「もったいなかったなー」と書いたのは、そういうことだ。

「広瀬すず✖︎山口智子」の仕掛けが分かれ道

 で、ツラツラ考えたのだが、「広瀬すず✖︎山口智子」という後半の仕掛けが分かれ道になったと思う。

 「なつぞら」は朝ドラ100作目というお祭りであり、盛り上げる材料として歴代の朝ドラヒロインが何人も登場した。前編では「おしん」の小林綾子さんが話題になったが、後半の目玉が山口さんだったろう。朝ドラ(「純ちゃんの応援歌」)後、木村拓哉さんとの月9「ロングバケーション」で一斉を風靡した山口さんだが、最近はあまりドラマに出ていなかった。だから制作サイドも張り切ったはずだ。

 山口さんに与えられたのは、元伝説のダンサー・岸川亜矢美という役だった。なつの兄・咲太郎(岡田将生)を育てた「お母ちゃん」で、今はおでん屋をしているという設定。東洋動画に入社が決まったなつは、その2階に住む。そこには亜矢美の衣装がたくさん置いてある。ということになっていた。

山口智子さん=東京・井の頭公園、家老芳美撮影 2015年元ダンサーで、新宿のおでん屋さん役の山口智子さん=2015年、撮影・家老芳美

 時は昭和31年10月とナレーションが入ったから、「もはや『戦後』ではない」の経済白書の年だ。そこまで復興している日本だとしても、亜矢美の衣装が3畳の部屋にびっちり、軽い目測で100着近くある。これは多過ぎやしないだろうか、と思う。同時にきっと山口さんだからの100着だろうな、と思う。

 だって山口さん、背が高くて堂々としていて、どんな服でも似合う。だから、ただのおでん屋の女将さんにはしたくない。派手な衣装が似合う、カッコいいおでん屋さんにしよう。そう思う制作者の気持ち、わからなくはない。

 その上、ヒロインは広瀬さんだ。背は小さいが、顔もすごく小さくて、どんな服でも似合うのは山口さんと同じだ。となれば、なつをおでん屋に住まわせて、衣装の中から服を選ばせ、通勤させることにしよう。勝手に推測したが、あながち間違ってはいないと思う。

 そんなわけで通勤初日、なつは赤いノースリーブのニットに黄色いカーディガンを着て幅広のヘアバンドをしていた。前日までは、茶色いチェックのシャツに三つ編み。十勝から出てきた子が一転、都会の女の子になる。これが現実なら「馬子にも衣装」感が出るはずだが、広瀬さんだからストンとハマる。

 2日目は白い花柄の入った黄色いジャケット。以後、「レトロかつやや派手め」を基本に、なつの出勤ファッションショーが連日繰り広げられる。一緒に選ぶのは亜矢美で、その亜矢美が真っ赤なジャケットに花柄スカート、髪には真っ赤な水玉スカーフという出で立ちなのだ。こんな衣装を着こなせる人、そうはいない。

ファッショナブルという「正」ばかりが目立って

 かくして「美人でファッショナブル」なアニメーターの姿が描かれるのだが、その分「女性社員の先頭に立ち、子育てをしながら働く道を切り開いた」は二の次になった。そういう要素も少しは描かれるのだが、これが

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