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井上ひさし『吉里吉里人』は現代を映している

同姓同名の研究家が、東北の「独立国」を読み直すと

井上 恒 井上ひさし研究会会員

【少々長い前口上】

 ノーベル平和賞、障害のある国会議員、そしてワールドカップ。三題噺ではないけれど、この秋のニュースのキーワードを並べると、それがどれも、井上ひさしが書いた『吉里吉里人』と結びついている。

 『吉里吉里人』(新潮社)。東北の小さな村が「吉里吉里国」として日本から独立するこの長編小説は、1981年に刊行されてベストセラーとなった。日本SF大賞、読売文学賞、星雲賞(日本長編部門)を受賞した井上の代表作の一つだ。全国に「ミニ独立国」ブームを巻き起こしたことでも記憶される。東京に抑圧されてきた東北が蜂起する物語は、奇想の中に、現実の日本と世界の問題を鮮やかに映し出し、出版から40年近くたった現代にも通じる問いを投げかけている。

 折も折、小説の原型ともいえるラジオドラマ「ツキアイきれない」(1964年)が2019年11月30日午後3時05~55分にNHKラジオ第1「発掘!ラジオアーカイブス」で放送される予定だ(聴き逃し配信は「らじる★らじる」で12月2日正午から1週間)。

 奇想天外、抱腹絶倒の娯楽小説にして、時を超える予言の書でもある『吉里吉里人』。その中にある「いま」を、井上ひさしを研究する、その名も同じ井上恒(ひさし)さんにつづってもらった。(編集部)

独立の同志を集めたワールドカップ

吉里吉里人井上ひさし『吉里吉里人』。新潮文庫で上・中・下3巻に収められている。表紙の絵は安野光雅

 2019年のノーベル平和賞はエチオピアのアビー・アハメド・アリ首相に贈られる。1993年に独立したエリトリアとの国境紛争の解決や東・北東アフリカの国家間の緊張緩和に取り組んできたことが理由だという。

 このエリトリア。小説では、吉里吉里国が独立記念で開いた「ワールドカップ」に参加している。W杯といっても、ラグビーではなく、卓球。それも、参加選手の実力は、多くが「温泉ピンポン」程度なので、勝つことだけが目的ではない大会だ。

 招かれたのはほかに、ボツワナ、カナダケベック州、スイスベルン州ジュラ地方、スペインバスク州、台湾、アメリカのインディアン地区などの代表である。

 その中に「エチオピア解放区・エリトリア人民解放戦線EPLF代表」もいた。

 エチオピアどエリトリアどは、はァ、元々別々の国だったんだつー。なのに今から十五年みゃァに、国連の仲人で、ぺったら張り付いて一づの国さ成ったわげっしゃ。そん時の膿が今、たらたらて流れて居るわげだべ。だすけエチオピアも「あ、そうが、そうが。夫婦別れしてえつーのが。合せ物はえづがは剝れっこったよ。まあ、夫婦別れはすても、たまに茶ッコでも飲むべな」ど、分離独立ば認めでやればえーのに、「夫婦別れなどすては、はァ、世間様さどうも顔向げなんねえ。仲人にも申す訳が立だねえ」どがお体裁こいで、嬶ァの面、ぶん殴ったりすっから血ば流れっこった。それさ加えで、ロシアがエチオピアの助ッ人さ立づ、カストロのキューバが同じく後押しばするで、話ァ、すっかど混み入っつまったすけなあ。(『吉里吉里人』より)

 吉里吉里の住民たちは、世界中で独立を望みながら果たせないでいる同志への思いをこう語っている。

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