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仏トップ女優が性暴力を告白、MeToo第2章へ

林瑞絵 フリーライター、映画ジャーナリスト

 2017年秋にアメリカの有名プロデユーサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ問題から端を発し、世界中に波及した#MeToo運動。その流れはすぐにフランスにも到達した。以降、性暴力や女性の権利について話題にすることが増え、性暴力の被害を口にしやすい土壌が生まれつつあった。例えば、リュック・ベッソンやアブデラティフ・ケシシュといった有名監督が、女優に性暴力で訴えられるという事例も出てきた。

 だが、運動から2年が経過し、最近はMeTooの響きに手垢が付きつつあった。それにいかに有名監督が訴えられたといっても、結局彼らは涼しい顔で新作を発表し続けてもいる。特にダメージを受けている様子はない(追記:とはいえ本稿執筆後、ベッソンは元女性アシスタントへのパワハラに関する裁判が始まるなど、苦境に立たされている。判決は2020年1月8日の予定)。

 ところが最近、フランスでMeToo運動の風向きが変わる出来事が起きた。11月3日、フランスの有名女優アデル・エネルが、独立系有料ネット新聞メディアパルトを介して、未成年の時に映画監督から受けた性暴力の被害を告発したのである。

映像インタビュー(フランス語):メディアパルトの公式サイト

アデル・エネル(右)が出演する映画『ディアスキン 鹿革の殺人鬼』

(C)2019 ATELIER DE PRODUCTION ARTE FRANCE CINEMA NEXUS FACTORY & UMEDIA GARIDI FILMS
アデル・エネル(右)が出演した映画『ディアスキン 鹿革の殺人鬼』 (C)2019 ATELIER DE PRODUCTION ARTE FRANCE CINEMA NEXUS FACTORY & UMEDIA GARIDI FILMS

 アデル・エネルは、日本ではヨーロッパ映画ファン以外は知らない人も多そうだが、仏アカデミー賞に相当するセザール賞で、主演女優賞と助演女優賞をともに獲得したこともあるトップ女優。1989年、パリ生まれの30歳。大きく見開いたブルーの瞳が印象的で、強い目力で秘めた情熱を表現できる稀有な女優である。

 教師と翻訳家の両親の元に育ち、知性的かつ率直な物言いでも知られる。2014年にはカテル・キレヴェレ監督の『スザンヌ』(日本未公開)でセザール賞助演女優賞を獲得した際、壇上で女性監督のセリーヌ・シアマへの愛をカミングアウトしたが、この時は意外なほど話題にならなかった。以来、監督とのパートナー関係は公認になったものの、プライベートに関しては極力口をつぐむようにもなっていた。今回の告発は、彼女にとって大きな決断だったに違いない。

12歳から15歳まで続いた監督による性暴力

 日本で配給されたエネルの出演作品には、セリーヌ・シアマ監督の『水の中のつぼみ』(07)、巨匠・ダルデンヌ兄弟の『午後8時の訪問者』(16)、東京国際映画祭でグランプリを受賞したクリス・クラウス監督の『ブルーム・オブ・イエスタディ』(16)、カンヌ映画祭グランプリ受賞作でロバン・カンピヨ監督の『BPM ビート・パー・ミニット』(17)などがある。さらに現在はカンタン・デュピュー監督のシュールな快作『ディアスキン 鹿革の殺人鬼』が公開中だし、今後も先のカンヌ映画祭で脚本賞を受賞し、再びシアマ監督とタッグを組んだ話題作『炎の貴婦人の肖像(Portrait of a Lady on Fire)』(19)の公開が控える。

アデル・エネル主演、セリーヌ・シアマ監督の話題作『炎の貴婦人の肖像』の仏版ポスターアデル・エネル主演、セリーヌ・シアマ監督の話題作『炎の貴婦人の肖像』のフランス版ポスター
アデル・エネル(下)が12歳で主演した映画『クロエの棲む夢』の仏版ポスター。本作の監督を性暴力で告発しているアデル・エネル(下)が12歳で主演した映画『クロエの棲む夢』のフランス版ポスター。彼女は本作の監督を性暴力で告発した

 エネルの銀幕デビューはかなり早い。11歳の時に兄について行ったオーディションでスカウトされ、12歳の時に映画『クロエの棲む夢(Les Diables)』(02)で初出演と初主演を同時に果たす。監督はクリストフ・リュジアだが、彼こそがエネルが今回告発をした人物だ。現在54歳。エネルの証言によると、撮影中から撮影後の時期も含めた12歳から15歳まで、監督による性暴力が続いたという。

 『クロエの棲む夢』は親に見放された兄と、自閉症である妹との近親相姦的な関係を描いた作品。難しいテーマであるため、エネルは撮影の半年前から準備に入ったという。監督はエネルが他の大人と接触することを嫌い、できる限り周囲と隔離させ、エネルを自分の世界に引き込んでいった。大の大人が特別な目つきで、常に少女に密着して追いかけ回す様子は、当時も撮影スタッフが「フィアンセのようで普通ではない関係」と思っていたそうだが、残念ながら監督に真剣に注意を促せる者はいなかった。

 撮影・公開終了後もエネルと監督は、横浜のフランス映画祭を含め、作品のプロモーションのために一緒に世界を飛び回った。その後も、週末になると「映画の知識をつけるためにDVDを見る」などの口実で、アパートに定期的に呼び続けた。そして2人きりになるとTシャツや下着の中に手を入れてきて、押し返してもまた続けるなど、明らかに性的関係を結ぼうとする態度が繰り返し見られたという。

 彼女は08年のインタビューで『クロエの棲む夢』について振り返り、「トラウマになる撮影。私にとっては生き続けるため、自分を再生させなければならなくなった」と語っている。

 実際、エネルはうつ状態に陥り、

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