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「伊藤詩織さんの美貌」に注目する人に物申したい

性暴力もルッキズムも同じ穴の狢です

勝部元気 コラムニスト・社会起業家

 ジャーナリストの山口敬之氏から性的暴行に遭ったとして、伊藤詩織さんが民事裁判で勝訴した判決について、「論座」では、「伊藤詩織さんの美貌はなにを意味するのか」という杉浦由美子氏の記事を掲載し、かなりのアクセスがあるようです。一方で、コメント欄には批判的な意見が多く付いているようにも感じました。

 氏の記事には、「誰しもが性暴力の被害にあう可能性がある。(しかし)仮に普通の容姿の女性や、中年女性が性暴力の被害にあって、それを実名顔出しで訴えても、伊藤さんほど支持されたのだろうか」と書かれています。

 ですが、性暴力の被害者がどれだけ容姿に絡んだセカンドレイプや自己否定で今も苦しんでいるかという現実を鑑みると、性暴力の問題で安易に容姿に言及することは非常に問題です。これはいわゆる「統計的差別」の一種ではないでしょうか?

統計的差別は、差別を再生産・強化する仕組み

 統計的差別とは、過去の統計データに基づいた合理的判断をしようとして、属性で個人を評価した結果、生じる差別のことです。たとえば、「女性は男性よりも離職率が高い」という過去の統計データをもとに、採用の際に女性よりも男性を重視することは、典型例な統計的差別だと言えます。

 また、そもそも、その統計自体が差別による結果という場合も少なくありません。前述の「女性は男性よりも離職率が高い」という現象は、女性が働きやすい環境や正当な人事評価システムを企業経営者や管理職が整えていないこと、「女性は家を守るのがよい」というジェンダーバイアスが社会に根強く残っていること等、様々な女性差別の結果、生まれた傾向です。

 このようにして、差別の存在する環境から抽出されたデータが、さらなる差別に利用される。つまり、統計的差別とは、差別を再生産・強化する仕組みとも言えるでしょう

東京医科大学は統計的差別の典型例

 近年で最も注目を浴びた統計的差別の例といえば、東京医科大学の点数改ざん問題ではないでしょうか。改ざんそのものに加え、医師たちの認識もかなり深刻で、「女性は結婚・出産があるから」という理由で属性を一括りにし、女子一律減点は「理解できる」「ある程度は理解できる」と統計的差別を肯定した医師はかなり多く、65.0%にものぼるという調査(株式会社エムステージ、2018年8月)もあります。

 患者の診断であれば、その個人の特性を調べずに、「この人は女性だから統計的に女性に多い○○の病気だろうと予想して薬を処方する」という属性によるジャッジは、医師ならば絶対にやってはいけないことのはずです。

 ところが、「診断」から「人物評価」に変わると、かつて偏差値の高い優秀な学生であったろう医師ですら、分別がつかなくなってしまうのは、いかにこの社会の“人権偏差値”が低いかを如実に表していると思います。

東京医科大正門前で抗議活動する人たち=2018年8月3日午後6時27分、東京都新宿区201808東京医科大の「性差別入試」は典型的な「統計的差別」だった

性暴力問題を理解していない一部の“にわかアライ”

 話を戻します。「被害者が社会的に美しいとされている女性であるほうが、訴えた時に多くの人々から注目を浴びる」というのは、確かに今の社会に存在する傾向かもしれません。
(※容姿に絶対的な良し悪しの基準は存在せず、それぞれの国・地域・時代等の価値観によって変動する相対的なものであるため、「美しい女性」という断定的な言い回しは適切ではないと考え、ここでは「社会的に美しいとされている女性」と表現しています)

 ですが、それは社会的に美しいとされている女性が被害者の場合にのみ注目する人たち(主に男性)が

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