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珠玉の人形アニメーション『ごん』、手作りの魅力と切実な問い

新美南吉 原作「ごんぎつね」を現代的テーマで翻案

叶精二 映像研究家、亜細亜大学・大正大学・女子美術大学・東京造形大学・東京工学院講師

 新美南吉の児童文学『ごんぎつね』(1932年初出)が、新たな人形アニメーションとして生まれ変わった。貧しい村人「兵十」と、いたずらを後悔して届け物をする小狐「ごん」とのすれ違いの悲劇を描いた原作は、小学校の国語教科書に掲載され、様々な描き手による絵本が出版されるなど、誰もが幼少期に親しんだ経験を持つ名作だ。

 八代健志監督は、原作を現代的テーマで翻案し多くのシーンを追加。手間隙を惜しまずリアルな日本の里山を再現し、28分の珠玉の短編にまとめ上げた。

 2019年に完成した本作は、世界各国の映画祭で受賞が相次いでいる。昨秋から日本各地のプラネタリウムで上映されてきたが、このたび念願の劇場公開が7日間限定で実現した。公開館のギャラリーでは撮影に使用したセットと人形の展示が併設されており、上映中は連日八代監督によるアフタートークも行われる。短編の人形アニメーションの単独興行は極めて貴重な機会である。

『劇場版 ごん -GON,THE LITTLE FOX- 』『劇場版 ごん -GON,THE LITTLE FOX- 』

『劇場版 ごん -GON,THE LITTLE FOX- 』
(2019年/日本/カラー/ビスタ/5.1ch/28分)
監督・脚本・美術・木彫・アニメート:八代健志/声の出演:田中誠人、入野自由、國府田達也、いわいのふ健、辻良江、上野黎也、平川和宏、貴詞いち子、中澤明日香、田植文歌/プロデューサー:及川雅昭、豊川隆典/プロダクション・マネージャー:大石基紀/アソシエイト・プロデューサー:石尾徹/エグゼクティブ・プロデューサー:犬竹浩晴/撮影監督:能勢恵弘/美術:能勢恵弘、中根泉、根元緑子、廣木綾子、上野啓太、崎村のぞみ、浅野陽子/衣装:田中くに子、崎村のぞみ、青木友香/造花:田中くに子/人形:廣木綾子、崎村のぞみ/アーマチュア:上野啓太/アニメート:上野啓太、崎村のぞみ、浅野陽子/撮影:中根泉、福田健人/現場進行:加倉井芳美/コンポジター:二階堂正美、波多野純/脚本:本田隆朗/音楽制作:LOSIC/音響制作:エス・シー・アライアンス/製作:太陽企画、エクスプローラーズ ジャパン/配給・宣伝:太陽企画

『劇場版 ごん -GON,THE LITTLE FOX- 』公式サイト
TECARAT web site

受賞歴
「独立アニメーション映画フォーラム」(中国・江蘇省)特別賞
「アニメーションスタジオフェスティバル2020」(米・ロサンゼルス)BEST STOP MOTION賞、BEST DESIGN賞
「ノイダ国際映画祭2020」(インド)Best Animation賞

上映:2020年2月28日(金)~3月5日(木) 会場:アップリンク吉祥寺 上映後、八代健志監督と竹内泰人氏によるアフタートークあり(毎日別のテーマ、全7回)
展示:「Making of GON―ストップモーション・アニメーションの舞台裏―」 2020年2月21日(金)~3月5日(木) 会場:アップリンク吉祥寺ギャラリー
© TAIYO KIKAKU Co., Ltd. / EXPJ, Ltd.

「撃てない」主人公の苦悩を描く

 本作は2発の銃声と「撃てない」兵十の境遇で幕を開ける。

 いきなり展開される火縄銃による狙撃の緊張感と失望、日常の閉塞感の重苦しさ。それは原作にも多数の絵本にもなかったものだ。原作はごんに寄り添って記され、兵十の生い立ちや心情には踏み込まず、年齢もキャリアも定かではない。しかし、本作では二人の主人公を等価に扱う。

 本作の兵十は何者にもなり得ていない、覚悟の定まらない若者である。周囲の配慮に囲まれて自立を先送りにし、自閉的で殻に閉じこもりがちで会話も苦手で、しかし心優しい。そんな兵十の設定は、現代の若者に重なる。

 「稼げない子」と「病気の母」という貧困家庭は今や日本中に溢れている。全てを認める老いた母と世話を焼く口煩(うるさ)い年配者。客観的には周囲の善意に囲まれているが、主観的には孤立無縁だと感じている。自らの日常は何も進展せず、息苦しく延々と続く。兵十は「強くなる」という自立の課題を痛感して、自らの意思で銃をとる。しかし、彼の心境変化と同時に進行していた、ごんの善意には気付かない。

『劇場版 ごん -GON,THE LITTLE FOX- 』『劇場版 ごん -GON,THE LITTLE FOX- 』

 八代監督は、『ノーマン・ザ・スノーマン』2作品(2013年・2016年)や『眠れない夜の月』(2015年)といったストップモーションによるファンタジー短編で異種属と少年の冒険と交流を謳いあげてきた。本作では、直接的交流の成立しない個々人の意思疎通の在り方、職業人としての自立とは何かといった、極めて現代的なテーマに踏み込んでいる。

 猟師にとって、狐は作物を荒らす害獣・敵対する狩猟対象でしかないのか。自分のあずかり知らない他者の善意の存在にどうしたら気付くことが出来るのか。悲劇を避ける方策はなかったのか。最後に響く銃声は、余韻と共に切実な問いを浮かび上がらせる。

木彫のキャラクターの繊細なデザインと演技

 本作の「ストップモーション・アニメーション」としての白眉は、土着的日本民話の担い手としての人物造形と、その時代に相応しい仕草の創造、そして日本古来の里山の再現である。

 現在は3Dプリンターで大量に出力した人形の顔の上下パーツを差し替えたり、口角を内部のギアで変形させるといった最新技法が流行だが、本作は全く違う。兵十やごんの頭部は木彫であり、可動する小さな眼と別パーツの口・顎以外は動かない伝統的なパペットの構造である。それは、動かない一つの顔でも、ライティングや境遇によって様々な表情に見せることが出来るというパペットの特性を信じればこその造形だ。どのキャラクターも眼が小さく表情筋が動かないことで、喜怒哀楽を簡単に読み取れない複雑なキャラクターとなっている。

 兵十らの頭髪は髷を結った剃髪の「月代(さかやき)」ではなく、オールバックで束ねた「総髪」。胴長・短足のプロポーションも日本人らしい。濡れた手を着物で拭う、川の冷たさに一瞬身震いをする、といった一挙手一投足が繊細である。兵十のアーマチュア(金属骨格)制作にも、作中の所作を実現させるための様々な工夫(長い火縄銃を構えさせるための肩や肘の可動域、正座から立ち上がるための膝や足首の構造など)が凝らされている。

 ごんはリアルな狐と二足歩行の擬人化の2つの姿を「変化(メタモルフォーゼ)」することで行き来する。大きな頭、白目がちの奥まった眼、尖った口元など日本の男子児童の特徴を思わせる造形で、ボサボサの頭髪も孤児らしい。人間が視認出来ない距離まで離れた時には擬人化された姿、近づいた時や人間側の主観ではリアルな子狐の姿となる。

3種類のごんのパペット(人形)。左から幼少期(現在)、小狐期(過去)、二足歩行(現在)のごん3種類のごんのパペット(人形)。左から幼少期(現在)、子狐期(過去)、二足歩行(現在)のごん

 ぬめりの光る鰻、跳ねる魚、手足を細くデフォルメされたカエル、羽をこすらせて鳴くうるさい松虫、囀(さえず)る百舌、ホバリングで翅脈まで透けて見える赤トンボなど、登場する生物たちはどれも印象深い。それらの造形は小さな木彫で細部まで作り込まれているが、単なる写実ではない。動きと質感の生々しさは、おそらく鋭い観察によって抽出されたものだ。

企画、デザイン、造形と様々な工程が一目で分かる貴重な展示となっている企画、デザイン、造形と様々な工程が一目で分かる貴重な展示となっている=「Making of GON―ストップモーション・アニメーションの舞台裏―」(アップリンク吉祥寺ギャラリー) 

アナログ技術によって日本の風土を再現

 原作の舞台は新美南吉の故郷・愛知県半田市と言われている。中山城付近とも記されているが、現在同城址には「新美南吉記念館」がある。三河湾にほど近く、ごんが盗むイワシ売りがやって来るのはそのためだ。市内を流れる矢勝川沿いには毎秋300万本の彼岸花が咲く。これを再現すべく、本作では2000本の彼岸花を手作りで制作してセットに植え込んだ。赤一面の彼岸花は圧巻の美しさだ。

大量に植え込まれた手作りの彼岸花。夕陽の逆光が美しい大量に植え込まれた手作りの彼岸花。夕陽の逆光が美しい

 作品の土台を支える環境セット・建物・小道具も実証的な存在感に溢れている。

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