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大学英語入試、センター試験廃止の弊害は明白

新共通テストの奇妙さを考える【上】

阿部公彦 東京大学教授

新共通テストには、歪みだけが残った

大学入試センター試験で、受験生にリスニング用のICプレーヤーを配布する担当者=2020年1月18日、東京都文京区の東京大学

 昨年末、大学入試共通テストでの英語民間試験の活用が見送られました。しかし、混乱は収まらず、センター試験を廃止した弊害もいよいよはっきりしてきました。共通テストの「英語」では、民間試験の活用を促すような出題方針を盛り込んでいたため、その民間試験が中止になってみると、歪みの部分ばかりが残ってしまったのです。

 具体的に確認してみましょう。

 そもそも共通テストとセンター試験の英語はどのように違うのか。

 この違いを示すために、共通テスト試行調査(プレテスト)には、新しい試験方式の「ねらい」なるものが付されていました。大きな違いとして、新しいテストではアクセント、発音、語句整序といったセンター試験でおなじみだった問題が廃止されることになっています。

 以下の箇所ではその理由を説明しているのですが、正直言って意味がよくわかりません。是非、読んでみてください。

 なお、英語の資格・検定試験の活用を通じて「聞くこと」「読むこと」「話すこと」「書くこと」の総合的な評価がなされる方針であることを踏まえ、筆記[リーディング]の問題では「読むこと」の力を把握することを目的とし、発音、アクセント、語句整序などの問題は出題されません。(2018年実施の「試行調査(プレテスト)」より抜粋)
 大学入試センターのホームページでは、〈平成30年2月に実施する大学入学共通テスト導入に向けた試行調査(プレテスト)の趣旨について〉と〈「大学入学共通テスト」の実施等に向けた大学入試センターの取り組みについて〉(平成30年7月)で、同様の説明を読むことができます。

 どうでしょう。出題方針の変更を正当化する文章のようですが、なぜ民間試験の「聞く」「読む」「話す」「書く」との4技能評価を「踏まえ」ると、発音、アクセント、語句整序が出題されなくなるのか、よくわかりません。

 民間試験は「総合的」だと言っているのに、なぜそれを踏まえた共通テストでは、発音、アクセント、語句整序が削られるのか。これではむしろ非総合的、もしくは反総合的になるのではないでしょうか。

 ひょっとすると、「民間試験でこれらの領域は十分に問うているから、重複を避けた」ということなのでしょうか。

 しかし、もしそうなら、なぜはっきり書かないのでしょう。引用した文言の持ってまわった言い方からは、そのような意味は読み取りにくいと思います。

 (なお、付言すれば、英語の強弱アクセントなど日本語にない仕組みを生徒にしっかり意識させるには、独立した設問を立てることにも大きな意味があります)

入試センターが民間テストに合わせるの?

 そこで私なりに解釈を加えて読み換えてみました。上記の一節には、以下のようなメッセージを読めるでしょうか。

 民間試験では4技能を別々に評価するため、四つのテストに分けた判定を行う。これまでのセンター試験は、「読む」だけでなく「話す」「聞く」(発音やアクセント)、「書く」(語句整序)といった要素も取り入れた総合的な問題形式だったが、これだと民間試験の形式とずれるため、こうした「4技能統合型」をやめ、民間試験に合わせて「4技能分離型」にする。

 なるほど。これなら意味がはっきりします。

 要するに「これからは民間試験と形式を合わせますよ」というメッセージです。では、なぜこう書かなかったのでしょう。

 そこで再び私の解釈です。そもそも民間試験活用の根拠とされたのは「センター試験は2技能だけ。民間試験なら4技能になってすばらしい」という売り文句でした。

 しかし、今も説明したように、センター試験でも実は各技能にまたがった出題はなされていました。読解問題も会話文の出題が必ずあり、語句整序などの英作文に近い問いもあった。「話す」「書く」の領域をある程度カバーした問題構成になっていたのです。

 しかし、そこに言及してしまうと、「センター試験は2技能だけ。民間試験なら4技能になってすばらしい」という理屈の妥当性があやしくなってきます。なぜそうまでして民間試験を入れるのか? という疑念も出てくる。

 もちろん、これに対し「センター試験はあくまで間接的テスト。『話すこと』は実技なしには測れない」といった反論はあるでしょう。

 一理あります。しかし、今回の混乱ではっきりしたように、民間試験活用の最大の目玉とされるこの「話すテスト」こそ、もっとも課題が山積してもいるのです。運用面でも理念面でも解決していないことが多すぎる。これを50万人の入試判定に用いるのは、とても合理的とは言えない。つまり、「話すテスト」は新テストのアキレス腱だった。「話す」を実技として入れるから民間試験の活用は妥当なのだ、とあまり表立って言いたくなかったのかもしれません。

入試で「4技能」をバラバラに測るおかしさ

ALMAGAMI/shutterstock.com
 これに加えてもう一つ、曖昧(あいまい)化の理由がありそうです。

 英語民間試験はより正確には「4技能分離型」のテストです。

 わざわざ英語力を四つの領域に切り分けて測っている。たしかにこうしたテスト方式には利点もあります。テストが測る領域を狭めることで一種の〝定点観測〟の形になり、少なくとも同一のタイプのテストではスコアが安定するのです(等化の処理をしているテストに限りますが)。

 各人の学習の進捗状況を明瞭な数字で示すことが期待される診断テストとしては、この方式は便利かもしれません。

 しかし、ふつうに英語を使ったり、あるいは学習したりするときにはどうか。

 私たちはいちいち「私は今、『読む』力を鍛えるのだから、『話す』『書く』は排除しよう」などとは考えないでしょう。語彙(ごい)を増やしたり、構文を覚えたりするのはどの技能にもかかわることです。また、他人と会話するときにもいわゆる「話す力」だけで話せるわけではない。聞くことはもちろん、英文読解でも使うような構文把握力などが当然かかわってくる。「話す」とは即興的に英作文を書くようなものだという考え方もあります。

 いずれにしても、現実の英語運用で必要になるのは「統合型」の英語力です。各技能をいかにフル稼働させて統合させるかで、その人の英語運用の力が決まってくる。

 4技能分離型のテストは血液検査のようなものだと言えるでしょう。検査をいくらしても、その人が運動神経がいいか、健康な生活を送れているか、ましてや幸福な人生を歩んでいるかといったことはわかりません。だからこそ、学校教育の段階で私たちが目指すべきなのは「4技能統合型」の活動なのです。生徒はどうしても試験対策に熱を入れますから、可能であればテストでも統合を促すようなものがふさわしいと考えられます。

 ところがプレテストでは、民間試験の導入を正当化する必要があったので、わざわざセンター試験の「統合性」の限界ばかり誇張して「2技能しか測れない」と批判、他方で「4技能分離」型のテストを理想化するような文言を用いる必要があった。

 しかし、「2技能→4技能」という看板が、実質的には「統合型→分離型」という変更にすぎないとわかってしまえば民間試験の導入が正当化しきれないので、このような奥歯にものの挟まったような、わかりにく「ねらい」が示されたのだと私は読みました。

 このような「形だけの4技能」は、共通テストのもう一つの新要素とも関係します。

 リーディングとリスニングの配点がともに100点にそろえられたのです(センター試験は、リーディング200点、リスニング50点)。このような配点の均等にはまったく根拠がありません。高校卒業レベルですでに、読めるもののレベルと聞き取れるもののレベルの間には大きな差があります。また読む試験と聞く試験では、テストの洗練度にも大きな違いがあり、生徒の潜在的な英語力をどれくらい反映するかにも差が出てくる。そこにどうやって「均等」なる理念を持ち込むつもりなのでしょう。

 結局、点数をそろえるという形式上の「均等化」だけ行って、見かけだけ新しさを出そうとしたとしか思えません。

謎の「実際のコミュニケーション」という理念

smolaw/shutterstock.com

 さて。そこで気になるのは、民間試験の活用が中止となった今、先の文言はどうなったか、です。

 大学入試センターの説明には次のような一節があります。(「令和3年度大学入学者選抜に係る大学入学共通テスト問題作成方針」 令和2年1 ⽉29 ⽇⼀部変更)

英語
 ⾼等学校学習指導要領では、外国語の⾳声や語彙、表現、⽂法、⾔語の働きなどの知識を、実際のコミュニケーションにおいて、⽬的や場⾯、状況などに応じて適切に活⽤できる技能を⾝に付けるようにすることを⽬標としていることを踏まえて、4技能のうち「読むこと」「聞くこと」の中でこれらの知識が活⽤できるかを評価する。したがって、発⾳、アクセント、語句整序などを単独で問う問題は作成しないこととする。

 なるほど。そうきたか、と思います。

 民間試験の活用が消えてしまった今、「発⾳、アクセント、語句整序の廃止」だけが、いわば負の遺産として残ってしまった。この部分を何らかの形で正当化する必要があるのですが、そこに持ち込まれたのが「実際のコミュニケーション」という理念でした。

 しかし、果たしてこれで歪みが改善されるのでしょうか。

 整理すると、違いは以下の通りです。

 なお、英語の資格・検定試験の活用を通じて「聞くこと」「読むこと」「話すこと」「書くこと」の総合的な評価がなされる方針であることを踏まえ(以下、略)
   ↓ ↓ ↓
 実際のコミュニケーションにおいて,⽬的や場⾯,状況などに応じて適切に活⽤できる技能を⾝に付けるようにすることを⽬標としていることを踏まえて(以下、略)

 大学入試センターの方々が知恵をしぼって文章を書き換えたのかと思うと(おそらく2019年11月1日の発表のあとに書き換えたと私は理解しています)、ほんとうに頭がさがります。しかし、ここを読むと先に触れた4技能分離型の弊害が一層はっきりしてきます。

 「目的や場面、状況などに応じた」技能を育てるのだ、という理念を掲げていわば民間試験方式を正当化しようとしているのですが、そのために無理が生じているように感じます。

 ここは大事なところで、今後の共通テスト英語の出題方針に対する問題提起の意味もありますので、論点を二つにしぼって、次回の原稿でまとめてみます。