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「ブレグジット」と王室離脱で揺れるイギリス。そして日本は?

小林章夫 帝京大学教授

 新型コロナウイルスの蔓延で、影が薄れた問題がある。いわゆる「ブレグジット」、イギリスがEUから離脱するのか、である。2016年6月、国民投票の結果、わずかの差だが、離脱賛成が決まり、キャメロン首相は辞任、内相であったテリーザ・メイが首相となった。メイ首相は離脱に向けて困難なハードルを乗り越えるべく奮闘したが、結局保守党内をまとめきれず、強硬離脱派のボリス・ジョンソンが後任に決まり、2020年1月末に離脱の道筋をまとめたものの、むしろこれからの問題はEUとの複雑な交渉である。この難しい仕事をイギリスに有利に成し遂げるには大変な労力が必要であり、いくらエネルギッシュなジョンソン首相でも簡単にできることではない。

1月31日23時の欧州連合からの離脱の瞬間、英議会前広場の大型画面には「WE'RE OUT!」(離脱した!)と表示され、集まった離脱支持者が喜びの声を上げた=ロンドン

1月31日23時、欧州連合からの離脱の瞬間、英議会前広場の大型画面には「WE'RE OUT!」(離脱した!)と表示され、離脱支持者が歓声を上げた=ロンドン

 それが証拠に、コロナウイルスが蔓延したイギリスでは、さまざまの対応が必要となり、ジョンソン首相もウイルスに感染して、一時は生命が危うい状況に追い込まれた。幸いにして回復した首相は、例によって国民を叱咤激励し、多くの犠牲者を出したイギリスを復活させるべく奮闘している。しかし、ブレグジット問題はこれからが山場である。ドイツもフランスも同じようにコロナ禍に見舞われたから、それどころではないかもしれないが、いずれ何らかの決着をつける必要が出てくる。

他人事ながら心配なハリー王子とメーガン妃

 それだけではない。2020年1月、ハリー王子とメーガン妃が「主要王族」の立場から離れ、北米で生活をすることが発表され、国民に大きな衝撃を与えた。ハリーは若いイギリス人に人気のある人物だが、あまりに唐突な行動にイギリスは大揺れとなった。最近のイギリス事情にまで及んで明快な解説をしているのは、君塚直隆氏の『エリザベス女王――史上最長・最強のイギリス君主』(中公新書)だが、さすがにこの書物をもってしても、ハリーとメーガンの行動に詳しい解説を加えるだけの時間的余裕はなかったようだ。

 聞くところによれば、チャールズ皇太子が来るべくして訪れる王位継承に備えて、王室のスリム化を図ることを考えているとのことだが、女王陛下が自主的に退位することは考えられず、下手をすれば高齢に達した皇太子の方が先に逝くことだって考えられる。しかしそれはともかく、王室歳費の削減まで考えなければならないとすれば、大英帝国の威厳も徐々に失われつつあると言えるだろうか。

 いやそれ以上に大きな問題なのはブレグジットである。これに関しては、池上彰氏の『池上彰の世界の見方  イギリスとEU――揺れる連合王国』(小学館)が、さすがに上手く、わかりやすくまとめているが、この問題ばかりは交渉相手がいるだけに、そう簡単には決着がつくとは思えない。ただし、長年にわたって厄介な交渉事を巧みにこなしてきたイギリスだけに、さまざまな方策が生まれてくるだろうし、ジョンソン首相のやんちゃな弁舌も思いのほか大きな力を発揮するかもしれない。

 それよりも他人事ながら心配なのはハリーとメーガンである。聞くところによればこの8月にはハリーの伝記が出版されるそうだが、30代半ばの人間がどのような伝記の主人公になるものか不可解なことである。出るという伝記も、内容を知っている人物の言によれば凡庸だという。

ComposedPixshutterstockアメリカ・ロサンゼルスを拠点に生活しているハリー王子とメーガン妃 ComposedPix/Shutterstock.com 

 王室から離れれば、経済的には厳しい状況となるだろうし、奥さんのメーガンが女優として成功するとは思えない。やがてイギリスが共和制となって王室も不要になると考えるイギリス人が多いそうだが、それよりも現実的なのは、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドに4分割されることかもしれない。が、そうなればイングランドだけが王室を守ることになるかもしれない。

ジョンソン首相に引き換え日本の首相は……

 それ以上にイギリスのニュースを聞いていて唖然としたのは、コロナウイルス騒動をきっかけとして信じられないような行動をする人間のことである。アジア系の人間に対する差別的言動や、駅員に唾を吐きかける輩など、少なくとも筆者があまり経験したことがないような行為が報じられており、ああ、あの国にもこんなバカな振る舞いをする人間が増えたのかと思って、残念な気持になるのだ。

 もちろんわが国でも、外出を控えるようにとのお達しが出たため、ストレス発散のためか、似たような出来事が増えている。そこで日本に話題を移せば、欧米諸国と比べると感染者が少なく、死者の数も少数にとどまっている状況下、コロナ対策に大した措置を取ってもいないのに、なぜなのかと不思議がる報道も多く見られる。

 確かに日本の死者の数は思いのほか少ないし、日本政府の措置も生ぬるく見えるだろう。だが、この未曽有の騒動に対して、安倍内閣は一体どれほどのことをしてきたのか。「アベノマスク」なるものの体たらくは言わずもがな。何よりも厳しい状況に追い込まれている国民を前にして、自分の言葉で鼓舞する姿勢も見せず、ひたすら官僚の書いた文章を読むだけで、血の通った言葉を発することもできないのである。

 イギリスのジョンソン首相、フランスのマクロン大統領は、国民に向かってウイルスとの戦いに力を尽くすことを、それこそ火の出るような演説で強調し、国民を鼓舞してきた。ジョンソン首相に至っては、一度は死を覚悟したであろう状況から復活して、目覚ましい言葉で国民に語りかけていた。

 Alexandros Michailidisshutterstockコロナ感染症から「復活」したジョンソン首相 Alexandros Michailidis/Shutterstock.com

 これに引き換え、マスクに半分隠れた安倍首相の曖昧模糊とした言葉を聞いて、われわれは元気づけられただろうか。心を動かされただろうか。そこへもってきて、検事総長人事を思い通りの方向へ向けようとして、見事に逆転負けをした事実。そのきっかけが黒川東京高検検事長の賭けマージャンであったとは!

 コロナウイルスはまだまだ消えず、2020年末まで、あるいは今後1、2年は続くそうだが、どこかの時点でこのパンデミックをめぐる日本政府の対応を総括する本を誰かがきちんと書いてくれないだろうか。政権の代弁者のような田崎某氏ではなく、どなたかほかの人物にお願いしたいものである。それでもし目を瞠(みは)るような書物――つまりコロナ騒動を巡って幅広く検討したもの――が出版されるなら、いずれ大いに評価するにやぶさかではない。是非そんな本がいずれ出ることを待ち望みながら、今は静かに家に閉じこもって生きていこう。

*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。