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人はなぜ「怖い話」が好きなのか?妖怪爺ぃ・ 稲川淳二が語る怪談の魅力

コロナ禍にめげず、日本人の心の片隅にそっと生き続ける怪談のロマンを伝えたい

丸山あかね ライター

 新型コロナウイルスにもめげず、恒例の全国ツアー「稲川淳二の怪談ナイト」が7月末からスタートする。

 怪談といえば稲川淳二というわけで、最早、夏の風物詩と化した「怪談ナイト」は、今年で28年目に突入。これまでの通算公演回数818公演、観客層動員数約59万人、語られた怪談の数468話。毎年、チケット完売、会場はどこも満員御霊の人気ぶりだ。

 それにしても、人はなぜ「怖い話」が好きなのか? ツアーを目前に控えた稲川さんを訪ね、怪談の魅力について聞いた。

73歳になった稲川淳二さんの熱い夏が始まる

稲川淳二 いながわじゅんじ 怪談家 工業デザイナー
1947年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。76年、ニッポン放送のラジオ番組『オールナイトニッポン』でラジオパーソナリティーとしてデビュー。番組で披露していた怪談が人気を博す。テレビタレントとして活躍後、55歳の時に怪談家に専念しようと決意。93年から開始した「稲川淳二の怪談ナイト」は今年で28年目を迎える。工業デザイナーとしても活躍中。

怪談はナマのステージで

 本当は7月半ばからツアーを組んでいたんですけど、新型コロナウイルスの影響で中止になった公演もあって悔しいですねぇ。チケットが完売していたライブもありましたので払い戻していただくなど、お客様にも迷惑をかけてしまいました。心苦しいなぁ。

 ライブ配信という手もあると知ってます。ただねぇ、怪談は絶対的にライブ感が大切なんです。ですから私は生のステージにこだわりました。怖い話を聞きながら震えあがり、次の瞬間には怪談の主人公と同じ体験をするかもしれないという緊張感を味わっていただきたい。話し手と聞き手が同じ恐怖を共有するのが怪談の醍醐味なんですよ。

 豪華な舞台セットが楽しみですと言ってくださる方が多いので、毎年、アレコレと考えるんです。今年も大掛かりなセットにする予定だったんですけどね、制作するのも、設営するにしても密になるのでダメ。こういうことになって経費を抑える必要も出てきた。

 そこで思い切ってシンプルにすることにしたんですがね、これはこれでいいなと思ってます。お客さまのイメージが広がるという効果が生まれたのではないかなと。コロナ禍の今だからこそできることというのがあるんですよ。しかも「なるほど!」と納得していただける演出になっているはずです。

2018年のツアーはアンティークな世界観で繰り広げられた
2019年は舞台に古民家が出現

怪奇現象は普通に起こる

 もちろん感染予防対策を十分に行わなくてはいけません。場合によっては席の移動をお願いすることもあるかと思います。それからソーシャルディスタンスでね、会場によっては両隣の席が空席になりますが、これ結構怖いんじゃないでしょうか。ふと脇を見たら、いるはずのない人が座っていたりして(笑)。もちろん現実的にあり得ますよ。「幽霊は存在する」と思う人には見えますから。

 怪奇現象だって普通に起こりますよ。今はもう慣れましたけど、最初は驚愕しましたよねぇ。97年のツアーが印象的で、函館で富山でも大阪でも、招いていないお客様がおいでになって。

 その年のセットは舞台の上に鳥居と石段を作って、下手には手水舎があってね、私は石段に腰掛けて話すという設定になってました。そうしたところが、たとえば大阪では客席に向かって話している最中に、気配を感じてヒョイと下手に視線をやると、いたんですよ。手水舎のところに頬杖をついた男が。すぐにこの世のモノではないなと察しましたが、無視して怪談を続けました。

 公演終了後に「あの男は誰だ?」「あれは演出か?」とたくさんのお問合せを受けまして。見えたのは私だけじゃなかったんですよねぇ。

ホラーと怪談は違う

 お盆だもの、霊だって帰って来たいんですよ。怖い? そう思う人は亡き人のたましいに対して罪悪感があるのではありませんか? 恨まれているに違いないと思い込んでいたりね。

年を重ねるごとに磨かれる話芸
 でも、深い罪悪感のある人は怪談ライブには来ません。私のライブにみえる方は霊の存在を信じたうえで、笑ったり、恐怖に飛び上がったり、切なくなったりといった心のジェットコースターを楽しみにいらっしゃるんですよ。

 それに愛する人のたましいになら、会いたいというのが日本人の感性。だからお盆という風習があるのでしょう? だから日本人はせっせとお墓参りに行くのでしょう? 死んだ人のたましいと繋がっていると思うことが心の支えになるって素晴らしいことじゃないですか。

 私ね、ホラーと怪談は違うと思ってます。ホラーは脅し。でも怪談って日本人の心の片隅にそっと生き続けているものなんです。子供の頃、裏路地にあった駄菓子屋みたいに。懐かしい人に再会するような気持ちで「怪談ナイト」に来ていただけたら嬉しいです。

おふくろは怪談の名手でした

 怪談家としての師匠なんていません。でも原点ならハッキリしてるんです。

 私は渋谷区恵比寿で生まれ育ったんですけどね、あの辺りは戦争で燃えなかったから、古い一軒家が立ち並んでいたんですよ。わが家も古い日本家屋でね、昭和30年代の東京の夜は暗かった。電気を消したら真っ暗。私と弟は二階の和室に布団を敷いて寝ていたんですけど、「さぁ、子供は寝る時間だよ」と言われるのが恐怖でした。だって2階に行くのが怖いから。おふくろにお尻を押されながら、いつも渋々階段を上っていたのを覚えてます。

 布団に入ると、おふくろが私の布団と弟の布団のあいだにペタンと座るんです。寝ている私の方から見ると、なんとも怖い光景でね。だって豆電球のオレンジ色の光が、着物を着て、少し髪を振り乱したオフクロを逆光で照らしてるんですから。そんな状態でおふくろが「これは私が子供の頃に本当にあった話だよ」って怪談を始めるんですよ。十八番は幼い兄弟がどんどん痩せていくという話でした。「裕福な家だからご飯食べられないはずないのに、変だよね?」ってやつ。

「カラーンコロン」という下駄の音がだんだん近づいて来て、「ギーっ」と扉が開くと……って、擬音を交えて話すおふくろの怪談、本当にうまかったな。クライマックスのところで私と弟は「ギャー!」って叫ぶ。するとおふくろはパッと豆電球を消して「はい、おやすみ~」って。なかなか凝った演出でした。

怪談にはロマンがある

 弟は「おっかねぇよ」って怯えまくってたけど、私は怖いけど楽しくてね。先が知りたくてしょうがない。「怖いもの見たさ」って言葉もあるけど、知らない世界を覗いてみたくてワクワクドキドキ。

 怪談にはロマンがあるんです。聞いているうちに想像力がどんどん膨らんできて、いろいろな光景が浮かんでくる。いつ幽霊が現れてもおかしくないと思えてくる。あー、怖い。でも未知の世界を体験したいって、まるでジェットコースターに乗っているみたいに心がアップダウンして、だからこそ刺激的で……。

 この楽しさをみんなにも教えてあげたいと思っていたのかなぁ? 私は普段、おとなしい子だったんですけど、外で遊べない雨の日には、小学校の教室でクラスメイト相手に怪談を披露してました。当時の私、メチャクチャ女の子にモテたんですよ。怖い話をするとモテるんだって、大発見でしたね(笑)。

 怖い話はお化け屋敷と同じ。運命を共にする連帯感が生まれるのでしょう。みんな喜ぶし、誰もが仲良くなるんです。

怖さの裏に愛がある。それが「稲川怪談」

導かれるように怪談家になった

 私は絵が得意だったものだから、絵描きに憧れていたんです。実際に高校卒業後は桑沢デザイン研究所という専門学校のインダストリアル科に進学して、工業デザインの道に進みました。今もデザイナーとして作品を手掛けてます。舞台づくりもその一環。でもまさか怪談家と兼業することになるとは思っていなかった。人生って不思議ですよね。

 専門学校を卒業した後、デザイン会社に就職したんです。やがて舞台のデザインを手掛けたいなってことで、劇団に出入りするようになりました。するとスタッフに幕間で話をしてつないでよと頼まれて、それを見た人から結婚式の司会を頼まれて、結婚式に出ていた人から「オールナイトニッポン」というラジオ番組に出演しないかと声を掛けられて……。

 ラジオ番組の中で「このスタジオ、実は出るんですよねぇ」って怪談話を披露したら、凄い反響だったんです。コレだ! ってことで怪談話について真剣に考えるようになりました。もう完全に導かれてますよね。

「稲川怪談」のベースにあるもの

 怪談にもいろいろあって、本当に怖い実話もあれば、都市伝説みたいなのもあるわけなんだけど、私に言わせれば人から伝え聞いた話はほとんど使えない。やっぱり自分で探求しないと、表面的な怖さをなぞるだけみたいな薄っぺらな怪談になってしまうんです。

 当時、私は出演していたワイドショーなどのテレビ番組を通じて日本中を飛び回っていたので、柳田國男先生のように地元のお年寄りを訪ねて、その土地に古くから伝わる民話や童話を聞いては、自分なりに話が生まれた背景を調べたりするようになりました。

 すると必ずといっていいほど、戦争や災害など、その土地にまつわる悲しい出来事が浮かび上がってきます。無念を抱いて亡くなった人の幽霊が現れてというと怪談になるけれど、単に怖いだけじゃない。そこには「二度と戦争をしてはいけない」とか、「自然災害の経験を活かして生きろ」といった、現代人に伝えたい教訓や戒めがあるんです。

 昔話には祟(たた)りを伝えることで道徳観を養う話も数多くあります。おこがましいことを言うようですが、「稲川怪談」のベースにあるのは「恐怖」の「恐れ」というよりは、「畏怖」の「畏れ」。話芸を楽しんでいただきつつ、「目に見えない存在があなたを見ていますよ」「目に見えない存在の力を軽視しては、恐ろしいことになるとも限りませんよ」と、今を生きる皆様に伝えていきたいと思っています。

「亡き人に再会するような気持でライブに来て欲しい」と語る

70歳を過ぎて「妖怪爺ぃ」になりました

 タレントとしての仕事を止めて、怪談家に専念しようと思ったのは55歳の時です。自慢じゃないけど、当時、レギュラー番組をたくさん抱えていたんですよ。でも、「テレビやラジオの仕事がなくなってきたので怪談家になりました」というのでは、私の怪談のファンだと言ってくださる方々に失礼だなと思ってね。

 以来、毎年欠かさず「怪談ナイト」というツアーをやってきたんですがね、私、ツアーをスタートした当初から、70歳からが本番だなと思ってました。怪談を話すなら「妖怪爺ぃ」に限るなと言うことでね。

 今年、私は73歳になるんですよ。自分で言うのもナンですが、脂が乗ってきました(笑)。

ファンの笑顔や感性がエネルギー源
 特に今年の演目は怖いですよ。怪談90分、心霊写真解説30分という構成はこれまでと変わりませんが、自粛生活のあいだ、時間がたっぷりありましたので、じっくりと煮詰めておきました。

 物凄く怖い話を披露しますが、単に怖いだけでなく、「あれ? なんか時間軸が変じゃない?」みたいなミステリーゾーンへご招待します。狐につままれたようなトリッキーな世界を堪能していただけるのではないでしょうか。

 心霊写真のほうも、とっておきの一枚を用意してます。いるはずのない人がバッチリ写っているんですけどね、送り主が「夢見が悪いから助けて欲しい」と。私もその写真が手元に届いてからというもの、妙な夢を見るようになりましてね。科学では解明できないことがこの世には起こるんですよねぇ。

 続きが知りたい? そうでしょうとも。よろしかったら会場に足を運んでください。幽霊と一緒にお待ちしています」

MYSTERY NIGHT TOUR 2020 「稲川淳二の怪談ナイト」スケジュール
7月25日 山梨 甲府市総合市民会館 芸術ホール
7月31日 東京 かつしかシンフォニーヒルズ モーツアルトホール
8月1日~2日 北海道 札幌道新ホール
8月6日~10日 大阪 サンケイホールブリーゼ
8月13日 静岡 浜松市福祉交流センター
8月14日 神奈川 茅ヶ崎市民文化会館 小ホール
8月15日 宮城 東京エレクトロンホール宮城
8月16日 東京 なかのZERO大ホール
8月21日 福島 けんしん郡山文化センター 中ホール
8月22日 岩手 岩手県民会館 大ホール
8月23日 千葉 市原市市民会館 大ホール
8月28日 香川 レクザムホール(香川県県民ホール)小ホール
8月29日 愛媛 松山総合コミュニティーセンター・キャメリアホール
9月4日~5日 神奈川 横浜・関内ホール
9月6日 埼玉 さいたま市民会館おおみや
9月11日 石川 北國新聞赤羽ホール
9月12日 新潟 新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあ 劇場
9月13日 長野 長野市芸術館メインホール
9月19日 高知 高知市文化プラザ・かるぽーと
9月20日 岡山 岡山市民会館
9月21日~22日 愛知 日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
9月25日~27日 東京 メルパルクホール東京
10月3日 神奈川 相模女子大学グリーンホール
10月4日 埼玉 和光市民文化センター サンアゼリア
10月7日 山口 周南RISING HALL
10月9日~11日 福岡 都久志会館
10月17日 滋賀 守山市民ホール 大ホール
10月18日 奈良 なら100年会館 大ホール
10月24日 宮崎 宮崎市清武文化会館 半九ホール
10月25日 鹿児島 宝山ホール
11月3日 沖縄 ナムラホール
11月7日 東京 秋川キララホール
11月8日 愛知 豊川市文化会館 大ホール
詳しくは稲川淳二の怪談ナイトホームページをご覧ください。